『演出家・水下きよし』仇討 突撃インタビュー♪


帝国インタビュアー:本日はお忙しい中ありがとうございます。
早速ですが、シャンソマニア、評判良かったですね。

水下氏:だっておもしろいもん。

普通のお芝居の時より、もっと単純に皆さん楽しんでいましたよね。

あれが好きってのとそうじゃない人はもちろんいるんだけどね。

百鬼(夜行抄)という漫画原作の作品の後に今度はシャンソマニアと。どちらも評判が良かったですよね。別世界ですが。

そうね、(2作品は)違うものだけど180度っていう感じじゃなくて、また違う別の角度にぽーんと飛んでるのがいいんだろうね。

(百鬼・シャンソマニアと)どちらも見ている側がなにかしらの取っ掛かりを持っていますよね。漫画だったり教科書だったり、知ってる歌だったり。学生時代、源氏物語の暗誦ってやりましたよ。

難しいけどね、(観客に)いろいろな捉えかたをしてもらうことが出来たってのはすごく良かったですよ。

でもさすがにオチはないと。

まぁ、「続く」って感じだよね。

シャンソマニアでね、「えー、源氏物語にシャンソン?」って皆が考えられないのがね、「どうなっちゃうんだろ?」って思うってのがよくわかんないんだよなぁ。なんで「ああ、それ合うわ」ってすぐ思わないんだろ。
だってどっちも恋愛ものでしょ。合うじゃない。

シャンソンをどうやって使うのかがわからなかったですよ。
ですが最初は「どうなるんだろ?」って思ってた分、それがぴったりマッチしていると「おぉ!」とより感動する部分ってあったんじゃないでしょうかね。

まぁ、してやったりなんだけどね。新鮮でしょ?



大阪公演でのメンバー紹介で「この人のせいでいろいろあったから」と加納さんがおっしゃってましたが、あれは水下さんご自身のことで?

いやそれはお話のことでしょ。俺はそんなにいろいろなことしてないよ(笑)

帝のこと? まぁ帝がいろいろしなければあんな話もなかったってわけで。

いや生まれたちゃったのが光源氏ってなだけでしょ、帝は正直だっただけ。その時代ではひとりだけを寵愛するってのはいけないことだったんだけどね。 一番好きなんだけど、他の人にもまんべんなく愛情を注がなくっちゃならないし。

でもやっぱり『自分ひとり愛されたい』って欲求を皆が持っているから書かれた場面のかも知れないですね。

うーん、わかんないよね。昔と今の恋愛感って相当違うと思うんだよね。
男と女の関係って、独占はしたいんだけど「愛されたい」「愛してくれればいい」ってのがあるじゃないですか。当時の恋愛観は、今の明治以降の教育を受けた一夫一婦制の僕らにはわからない感覚だと思うのね。だから(自分だけが、じゃなくても)大事にしてくれればいいんだろうし、帝がいけなかったのは(全員を)大事にしなかったことなんだよね。子孫を残すのがお仕事だし。
もちろん嫉妬心はあるわけだから、それじゃそうやって愛された相手は、愛されなかった相手はどうなっていくのか、・・って書いたんじゃないのかな。

当時の女性が源氏(物語)を読んでいて「あらっ。えっ?次はどうなるのかしら?」って楽しみにしてたんじゃないかと考えるのですが。
あれがごくありふれた話だったらあれだけ読みつがれてきたとは思えないので。

いやそれはわかんないよ。それは現代の日本人の感覚なんだから。逆にさ、ただ単に男の人のセックスの話だったかもしれないし。
かえって(当時の)エロ本だと思った方がいいんですよ。おもしろおかしく書いてあって、セックスのこともいっぱい書いてあるんだし、原文は。

今は散逸してしまって(原文が)ないですよね。

そうそう、それでこれは教育上良くないからって表に出てないだけで。教科書なんかではね。
こうやって意地悪して遊びましたってのがあって、それを皆で(読んで)楽しんでたり。 嫌いなやつっているでしょ、そうすると苛めてやるってなるじゃない。それを誇張して書いてあって、それの面白さだと思うのね。

レディースコミックですか(笑)

そんなようなものだったんではないかな。

至宝の純文学ではないと。

いや、至宝の純文学ですよ、世界に誇る。
加納がインタビューでも言ってましたが、読み聞かすものでもあったんだよね。。
京ことばのやつを耳にした時、あ、これは聞くものなんだって、思いましたよ。意味はわかんなかったけど。

あの「いずれの御時にか」っていう原文は京言葉?

そうだと聞いてますよ。「あのさ、こういう話があったの、昔にね」って。で、読むのは京の公家の人たちだったから。

読み手も書き手も同じ言葉をはなす人々であったと。

言文一致であればそうなりますよね。書いてるのは京の人なんだし。

それでは、桂さんが舞台の上で(源氏物語を)語っているっていうのは、源氏をかなりつっこんだところで捉えていたものなんですね。

そうですね。言葉の面白さってのもを味わってもらえればってのがきっとどこかにあったんじゃないかなと。僕は演出家ではないので断定できないけど。
それが歌というものと調べに乗った言葉と、皆で語る台詞としての言葉と桂の語る言葉と、それぞれが違うんだけどそれを繰り返して聴かせて見せていく。それで日本語って豊かだな、面白いなって思ってもらえたら、他がやらないことをやった、とそういう意味では成功なんじゃないかなと。

桂さんが関西弁というか京言葉?で話していらしゃいましたよね。関西圏のものでないので細かくはわからないのですが。

あれ(語り)のもとになったのが「京ことば台本」という室町の言葉なんです。
京言葉にも職人が使うものと雅なものと町方のと3種類あって、まぁ(書かれた当時と)一番近いのといわれている本なんですよね。

御座候ではないと?

うん、違う。あれ(侍言葉のもの)は翻訳だから。今出回っている源氏物語ってのは全部翻訳なんですよ。
でも群読は難しいんですよね。

あれはきっかけは誰が出しているんですか。

演技だったり、誰かが息を吸ったところだったりしますね。
言葉が揃うってのは難しいので、数人が同じことを喋っていると何を言っているかわからなくなる時があるじゃないですか、失敗すると。成功するとこう、大きなうねりが聞こえてくるんだけども。そこがすごく難しい。

音も波ですからね。波が合っていないとだめですし。

そうです。



歌うものは最初から決めてあったんですか?

はい、決まってました。

ではその前に歌のレッスンっていうのはある程度終わっていたのですか?

いやぁ(笑)

なんですかその微妙な笑いは。人によってレッスン量が違うとか?

いやいや、ありましたよ、レッスン。一週間くらい前から歌はやってました。舞台の稽古になった時は、稽古が終わってからまたレッスン。

歌のお稽古は大変でしたか?

ふはは(笑)

またその「微妙な笑い」が。ファンとしてはドキドキしながら聞いてましたよ。

いやー、僕はよく指導していただきましたね。

聞いた話では、コーヒールンバはスローなものを考えていたとか?

最初はもう少しゆっくりの方が悲しくていいかなとも考えたんだけど、あのアップテンポの明るい曲調のなかで悲しい(歌詞)のを歌うのもいいかなって。
あれ詞がいいんです。詞が届くがどうかはすごく大事なことなので。

コーヒールンバは個人的に好きなシーンです。みんながおんおん泣いて踊ってて、歌詞も悲しいのに曲だけは妙に明るい、そのコントラストが。
ここにこの曲を持ってくるかー、とかなりヤラレましたね。

ありがとうございます。(詞が)届いてるってことですね。(笑)
所詮上手くはないので、思いでこう、歌うんですけど。
おもしろいことに、俺とギ(橘 義/たちばな ただし氏の愛称)の曲だけなんだよね、明るいのって。後は全部・・まぁシャンソンだからね。 でもそうやって皆さんが(歌の面で)安心してくれたのが嬉しいね(笑)

(歌の)出だしを気にしているのは水下さんファンは共通ですし。 あの光源氏が生まれた時の曲も楽しいですね。

シャンソンで有名な曲らしいです。あれ、3拍子だから難しくってね。好きな曲ですよ、僕。
お客様で、シャンソン界の方達も見に来てくださって楽しんでいただけたようなので。

結構いらしてたんですか?

江川さんとか芹田さんのお客様がいらしてくださって、「面白かった」と。  まぁ、歌だけを聴こうと思ったら下手だからさ。
でもね、江川さんが演技しながら歌ってたのならどうかなって。それに負けちゃったらしょうがないけど、負けないようにはするっていうね。役者だし、歌手じゃないんだもん。
皆、歌うからには上手くなりたいと思ってやってる訳だけど、でもなんかこう「演じたい」のね。演じすぎてもダメなんだけど。

歌って上手い下手だけじゃなく、歌の持ってる何かが伝わるかどうかが大事だと思うんです。
上手いだけで魅力のない場合もあるじゃないですか。

それが不思議なんだよね。とっても上手いんだけどつまんない人っているじゃん。
ほんっとうまくて凄く魅力的って「敵わないな」って人もいるしさ。
外国のお芝居とか歌を聴いた時にね、(言葉は)わかんないけどさ、ガーンって伝わってくるときあるじゃない。
自分はブルースも好きだし、思いの出てる歌が好きなんですよね。

歌った結果がこうでしたってのしかないよ、本番は。 諦めてはいないんだけど。ミュージカルをやりたいわけでないので。
でも、より良くはしたいと、出来ないなら出来ないなりに良くはしたいと思ってね。

歌は苦手ですか?

いやぁ、苦手って言ったほうがいいのかな(笑) 好きですよ、歌は。あんまり歌わないけど。

又その微妙な笑いが。 では、歌うのは好きですかと訊きましょうか。

好きなんでしょうね、ほんとは。

カラオケが苦手、だけど歌うのは好きって人がいますよ。四六時中何やってても 歌っているんだけどカラオケだと歌えないので自分はオンチだと思ってる。
けれどいつも歌ってるんです。音も歌詞も適当なんだけど。

それ、似てますね。
俺、わかったんだけど、自分の中に『音』が残らないのね。残せないの、メロディーラインが。自分が気持ちいいほうに勝手にいっちゃって、常にアレンジしちゃうの。
何回か歌って覚えても、違う音が入ると「えっ?」って迷ってしまって、わかるまでに時間が掛かるのね。

では歌うことは嫌いではないんですね。

いやいや嫌いじゃないですよ。音楽もホント大好きだし。でも何か言われるのは嫌いだけど。 「いいじゃーん、楽しく歌ってんだからさぁ」ってね。

(笑)

迷惑だったら「ごめんね」って引くけどさ。

歌ってみたかった曲はありますか?

洋ちゃんの歌。あと、横道のね。「♪ひと〜の気ぃ〜も知〜らないで」って。あれいいよね。
でもちょっと歌ったらさ、「ひーとーの気〜も」って歌っちゃうの、ホントは「ひとーの気ーも」なんだよね。

それも勝手に変えて歌っちゃう、と。

今度の(仇討)も曲いっぱい入ってますからね。

仇討が、ですか?

6曲あるんです。 蚊たちが歌うのね。一つは2度出てくるの、で全部で5曲。
そして、おいらがそれに蚊が登場する時に曲を流してちょっとセリフにメロディつけてって考えてるのと、あともう1曲。それは、台本から言葉選んで、おいらが詩書いた。

その曲を作ってもらうのは?

きいてきいてっ♪(喜)

こんな感じにってリクエストしてですか? ※音楽/ノビタ・ヒトヨシ氏

一応サンプルを渡してこんな感じでって言って、それを発想の糸口にしてもらって。飛躍しても全然構わないですし。
こちらもそんなに知らないから、思いついたら借りてきて、だめだなーとか。
そしたらピチカートファイブでいいのがあってね。『東京の合掌』っていうんですけど。これ、蚊達の登場かな、と。

ピチカート・・・また随分とマニアックな。

周りに、花組にそーいう人たちがたくさんいますからね。
といってもいろいろあるから、これに近くてもうちょっとはじけた感じで、とか。
カンツォーネで面白いのがあったんです。このシーン、いいじゃん、カンツォーネ。 で、ここはカンツォーネのこの曲がイメージとお渡しして。

今日のテーマは『音』ですね(笑) もう全部出来てるんですか?

あとヒトツですね。細かいところは稽古入ってから合わせたりと。また変わってくるんでね、絶対。

音楽監督も全部やってるんですよね。

アイデアだけですけどね。

稽古中の音はどうしてるんですか?

MDです。作ってもらったものを使います。
それとBGMっていうか劇中曲も作ってくださるので、まずはイメージの曲を流しておいて曲が来てから考えようかと。
(ノビタさんは)お稽古場にもいらしてくださるようですので、ここはこうしたいと直接やりながらできるかと。それはかなり恵まれたなぁと思いますね。贅沢です。

最初ね、バンドネオンの音がいいなーと思ってたんだけど、曲自体が多くないので結局ピアソラに行ってしまって「あー海神別荘だー」となってしまう。
でもタンゴかスパニッシュみたいなのがいいなーと思ってて、とりあえずタンゴから選んで、でもタンゴにするわけではなくてそれを発想の糸口にしてもらって。それがどう上がってくるのかなって楽しみにしてるんですよ。
本当、たまたまなんだけど中尾さん(中尾隆聖氏/ドラマティックカンパニー主催)が(ノビタさんと)一緒にお仕事なさってて「いいよいいよ」って言っててね、上がってきたものを聞いたら、キレイなメロディーでね、うれしかったですよ。

どんなことをなさっている方?

NHKのハッチポッチステーションって番組で、グッチ雄三さんの率いるバンドにいらっしゃるんですよ、キーボードが担当で。
ヒトヨシ・ノビタさんね。年代的には同じでね、70年代60年代。メロディアスな曲を書く方で。 ジャズでもボサノバでも何でござれ。
俺、門外漢だから、ミュージシャンって何でもできると思ってるのね。
でも困りつつやってくれそうな気がする(笑) 俺は相手がそれを「できない」と思ってないからね。

知らない強みですね。

このシーンにこんな曲を合わせてとかって自由に考えられるのは花組にいるからだと思う。何でも使っていいからね。それが合うかどうかだけ。
それでドラマティックカンパニー(以下DC)の俳優さんたちも「有りなんだ」と思ってくれる楽しさを伝えられたらいいなーと、どこかですごく思ってる。
いろんなものが入っていいんだって、使えそうなものを検証して使っていく楽しさ、その中からいいものを創っていくっていうね。

花組さんはパターンがありそうで無いですから。題材が古典であっても毎回毎回手を変え品を変えで、演出もそうだし小道具もそうですし。
固定した観念を持っている余裕がないですよね。

そう言ってもらえるのは凄く嬉しいですよね。
繰り返しの部分はもちろんありますよ、草月は素芝居になっちゃうね、とか。それが面白いと思ってもらえるかどうかってことで、手法は同じでもそれが進歩しているかってことですね。

役者さんにとっても忙しいことですか?

忙しい???
「創ること」は同じですからね。例えば、食事するってのは毎回一緒でしょ、でも料理が違うの。素材が違うからあぁ今回はこうしようかって。
美味しいものを食べたい、創りたいですから、この食材ならこうだとか違う調味料入れてみるとか。

創作料理と伝統料理のようなものでしょうか。

加納自身もそうでないとつまんない人なんじゃないかな。そして、突き詰めてるものがある。

今度(仇討)やるじゃないですか。それで、ここでこう歌舞伎っぽくというか時代がかった言い回しにしたいんだけどなっと思ってもそれが(DCの役者さん達には)わからないんですよ。
今までにはやってないから。それを「こうやったらどうですか」とやって、わからない分遊ぶくらいの気持ちでできたら面白いんじゃないかなと。
自分は『待て、待て待て待て・・お放しくだされぇ・・』みたいなのをやってきてるんで、その面白いところを(彼らに)伝えられたらと。

役者さんに伝えるのは難しいですか?

うむ、難しいんでしょうね、たぶん。
いや、最後は「俺が見て面白い」なら良いわけだから。

わははは。

だって俺が創ってんだから。
そうですよ、最後は自分が見て楽しいものを相手(お客様)にゆだねるんですよ。でも、楽しんでもらえるかどうか、演出としては冷静に見ないとね。最終決定は自分。

自分が面白くないのも作っても仕方ないですしね。

でも自分がつまんないと思うものが客には面白いっていう距離感もあるわけだよ。
まだ稽古入っていないのでなんともいえないんだけど、とにかくやっていて面白く、その面白さがエネルギーになって舞台から客席に伝わっていって欲しいと。今とても責任感じてるんですよ。

思うのはね、凄くエンターテイメントなものにしたい。同じ井上ひさしさんでも、『ひょっこりひょうたん島』ってどこかエンターテイメントじゃゃないですか。 歌もいろいろ入ってるし。だったらこまつ座が作らない様なものにしたいなとか。

仇討ってお話自体はブラックですよね。

最後は悲しい話ですけど、ブラックというよりおちゃめでしょ? だって、蚊と蚤が出てきて人間と対決するんだよ? 楽しくみせられて、「え、ひょっとして悲しい話だったのかしら」ってね。
これ、ラジオドラマだった話なので場面がどんどん変わっちゃうんですね。今、脳使ってます。

何か大きい装置(仕掛け)は使うのですか?

ないです。だって小劇場、フリースペースだもん。お金も・・・

では装置は作りこむよりシンプル?

そうそう、シンプルにシンプルに。

『どんどこどん』(Boro-bonだめしプロデュース 2002.1.1〜3 駒場アゴラ劇場にて)でも動かしながら変わるってのをやりましたよね。

あるものが動いて、違う空間ですよってなるのが舞台の一つのいいところだと思ってるの。
難しい部分もありますし、小道具はどうしようかなーと思ってるけどそれは稽古入ってから悩もうかなと。
今ね、どきどきしてるけど楽しみなんですよ。(相手が花組でなくて)よそ様ですからね。 Boro-bonでやったのは断片だけど、(仇討は)ちゃんとした物語ですし。

苦労はしても作ってることが楽しいと。

それはありますよ、いいものを作りたいという思いがすごくあるし。呼んでくださったカンパニーに迷惑は掛けたくないし、やってよかったと思ってもらえるものを作りたいですから。
もう、煮詰まった時はいろんなヒトからアイデアもらって。
「こんなもの創るんだ、水下も」っていうものを創りたいよね。

とっても嬉しそうですね。

今はすっごい嬉しい。 でも結果がすべてだからね。これはもう、ねぇ。

もともとは大学の時ラジオで聞いてですか?

いや本で読んで。

自分が出て演る?それとも観る?

とにかく観たかったのよ。

それを何年かたってまさが自分が作るとは・・

だって誰もやらないんだもん。 でDCの中尾さんに会った時にこれどうですかって言ったら「おもしろいねー」って言ってくれて。
古いヒトはね、中尾さんがこれやるんですって言ったら「あぁ、やるの。面白いねぇ」って。 読むとみんな「蚊は楽しそうだよねぇ」ってさ。

有名なラジオドラマだったんですか?

そうだったと思います。僕が高校の頃だったのかな、聞いてはいないんですが、錚々たるメンバーだったそうですね。
面白いもん、それによく出来てる。で、カットしようと思ってもできないの。ここ削るとこっちが効かなくなっちゃうよなぁって。

パンフレットはどんなのが出来るのでしょうか。

えーと、写真と文章。

普通そうですよ(笑)

俺が作ってるわけじゃないから。 堀本さんという方が作られてます。今回は悩んだらしいですよ、チラシに。
今までは写真が多かったのですが、これは堀本さん自身が千代紙を折り、写真を撮り、Macで合成してとやってくださったんですよ。

チラシみるとコミカルですよね。 どういう感じに(舞台を)作りたいのですか?

んー、入口出口が違った感じかな。
最初は「面白いんだー、おちゃらけなの?」ってのから最後は「・・・・・」と。「見に来て良かったね」って感じで。笑いは少ないかもしれないけど。

入り口と出口は全然別と?

でも入り口と出口はすぐ隣にあるの。こっちから入ってずーっとまわって、出口は隣にある。

自分が好きだっただけにいいものを作りたいって欲求がより高くなってしまったりしませんか?

なってるね。
でも、なにより(観る側にも、演じる側にも)楽しんで欲しいと思うのね。自分が見たいものなんだけど、役者が楽しめるものでありたいと。
役者としての力は皆さん持っているので、それをどうやって引き出せるかしかないと思うので。

がんじ絡めにしないで、どんどん変わっていくのはいいの。かといってそれを野放図にしないで、 やりたい物をどんどん出してもらって、そこで出来たものを積みあげていってと。まぁ稽古まだなのでわかんないんですけどね。

お稽古はいつからですか。

8月31日からです。
媚びずに、自分がやろうと思ってるスタイルで調整をしながら、皆が面白いと思ってくれるものにしたいなと。

自分がこうやりたいと思ったものと演出家の意見が違う場合はどうなるのですか。

そこで相手の意図を汲み取るわけですよ。その中でよりいいものに創っていく。そのテンションのままでもうちょっとこう、その気持ちをこちら側にカーブさせてとかしてね。
冷静に見てる人がいて、流れのあるなかで役者が面白いものを出してきたらそれじゃこっちをこうしようとかね。
どう感じているかを、やって出していくことですよ、互いに。もう本(台本)には書かれいてることなんですから。
それで、わかんなくなったら話せばいい。

演出家ってどんなことやるんだろうって不思議に思っていたんです。

一番大事なのは感情の交通整理です。やりたいようにやってもらって行き過ぎたら止めて「ここはこうして」と。

最後まできれいに流れるようにですね。

そうですね。

ステップを踏んで次はこれをとは意識はしてないですか。

全然全然。そこにこの話があったから思い切ってやってみようと。たとえ失敗しても俺の役者生命は変わらないわけだし。花組芝居というホームグラウンドもあるし。
「二度と芝居作るなよ」って言われるかもしれないけどさ(笑) でもやってみたいのね。

来年は『宮沢賢治君へ』ってやりたいと思ってるんですよ。
宮沢賢治ってやっぱりおもしろいなって、今すごく思ってて。去年、恋愛考ってやったじゃないですか。
あれをもっともっと宮沢賢治だけあつめて、銀河鉄道の夜みたいに列車にのって、宮沢賢治の作品を巡るの。その作品は物語の断片だたり、詩だったり、音だったり。で、ダンスというか、体動かしながらっていうか、いつもとは違う状態で言葉をつむぐって感じかな。
そうやって、他にはない宮沢賢治の世界を作りたいの、物語ではなくて。宮沢賢治というミストサウナに入るみたいな。

野望だらけですね。

そうそう。来年出来なくても近々にやりたいなと思ってね。死なないうちにやりたいなぁーと(笑)

ぜひ叶えていただかないと(笑)

きっと、仇討が作品として自分なりに上手くできたなと思えたら、それを踏まえてまた次へと行くのだろうし。
先にこういう場があって、違う自分を出せる・試せるのはすごくいいですよね。ないアタマをフル回転させなきゃならないーってなってるけど、幸い色々なブレーンはいるので助かってますよ。

いいタイミングがあって、それを上手く活かせなかったら自分も次へと進めないですよね。

またキツいことを(笑)

幸運の女神は前髪だけですからね。

『どんどこどん』が紙芝居としたら、今回の仇討は一気に映画にまで行ってしまう気が・・

いやいや映画まで行かない。パラパラマンガかな。
ラジオってすごく映像っぽいんですよ、音を大きくしたりとかだけで。それを舞台ではどうしようかなって考えてるとこなんです。シンプルなんだけど、シンプルなものをたくさん積み重ねて複雑(適当な言葉では無いが)にしたいなって思ってるんですよ。
面白さがあるじゃないですか、例えばたったり座ったりを重ねていってきれいな動きになるじゃないですか。そういう舞台になったらいいなって。



『OINARI』も楽しみですね

楽しみです。やーっと見られるもんね、久々に加納の芝居が。
稽古場行ったんですが、いいですよー、観に行ってくださいね。

行きますともっ。

そういえば、ほぼ日に『ミラノ座に行く』って話があったの。
※出典:ほぼ日刊イトイ新聞/新宿二丁目のほがらかな人々 03-08-22 http://www.1101.com/2_chome/index.html
天井桟敷で観ているようなおじちゃんたちが、一張羅の服を着てくるの。(ほぼ日の)彼らはもちろんいい席で観てるんだけど、とても敵わないっていうのね。
何が敵わないかっていうと、その人たちは24時間掛けてオペラを楽しんでるっていうのね。
前日から明日みるオペラの曲を飲みながら歌いながら全部聞いて、明け方まで飲んで昼頃起きてきて、シャワーかなんか浴びてさ、自分の持ってる一番いい服、それこそ本当に「一張羅」に着替えるの。
それで劇場の近くでまた一杯飲んだりしてさ、ヒゲなんて剃りに行くとそこでまた『昨日観たお客さんがね』なんて話になって、それで一番上の席でオペラを楽しんでくると。

前段階からずーっとですね。

それでね、日本人はいいものを着てるけど一張羅じゃない。「ハレの日」じゃあないんですよ。
『今日は俺のハレの日だ。俺様は楽しむんだ』というのがあるとね、そうするとキマるんですよ。床屋のおじちゃんでも。
それが何ヶ月に一度かわかんないけど、その日の為に喜びがあって、そういうのは素敵だな、やっぱり自分達は負けてるなって。

でも気に入ったワンピースを買うと「あの芝居に着ていこう」と思って着ないでとっておいたりしますよ。

そそ、それは大事なことですよ。
ちょっと話違うんだけどなんていうかな、芝居の始まる時のわくわく感ってのがすごく大事だと思うのね。
芝居を観に行ってばーんと始まった時にね、「わぁ、何が今日は始まるんだろう」ってのがある方がいいし、そういうなんだか『ハジマル感』が欲しいなーと。

手帳眺めて「あと何日」っていうわくわくはありますよ。仕事でいろいろあったりしても、「この日になったら!」って気持ち。

決まりごとやマニュアルじゃなくて、席に着いてからこう、気持ちがんんっと思うようなものを作りたいなと思わせてくれたのは、やっぱり花組芝居であったという気がするんですよね。
それをすごく大事にしてるヒトだと思う、加納幸和って人は。

好きなことを楽しむまえの、例えばバイクにエンジン掛ける瞬間とか、出かける前に化粧をする時とか、それがどう転ぶかわからないけど何かが起きることを待っている気持ちが自分のなかにあって、だから芝居を観るのがやめられないんですよね。
それが日常の延長でなくて、非日常であるのがいいところなんですよ。

尊大な言い方かもしれないけど、「お芝居っていいんだ」っていう、そういう僕がいいなと思ってるものを、少しでも(役者にも)伝えられたら、体験させてあげられたらとも思うのね。
お芝居の自由さっていうのをもっともっと教えてあげたい。人が違うから加納とは視点が違うんだけど、そういうエッセンスは自分の中に入っているので。そういうもので役者を楽しませてあげたいなと。

ちゃんとお芝居が出来てて、役者が楽しければいいものになるはずですから。いい芝居にならないのは、あとは演出家の責任ということで・・・。役者はいいし本はいいんだからね。

悪かったらなにが・・・とさりげなくプレッシャーを掛けてみたりして。(笑)

それは演出家ですよ。進行が悪いってそういうことですよ。会議でもなんでもさ。

会議というより結婚式の司会のようですね。

同じだと思いますよ。引っ張って盛り上げて最後にって、同じ同じ。

うまくみんなの気持ちが乗るように盛り上げて落として、気持ちよくエンディングを迎えられるようにと。

そうですね。それが大事なことですよ。 俺さ、こんだけ語ってんだから、帝国はちゃんと(見て)批判しろよ(笑)
俺にとっての2003年の一大イベントですからね。いやね、いいって、絶対。

それ「仇討」と言った最初から言ってます。インタビューではこの武蔵屋さんの表情をお見せできないいのが残念っ。

今はすんごく楽しみにしてるの。俺はシアワセだもん。でも、奈落に落ちるのは怖いね、覚悟してるけど。責任は、もう全責任は「私」ですから。
「花組」じゃないからね。「ドラマティックカンパニー」ですから。俺は花組から行った演出家だからね。
・・アフロで出るからね。(嬉)

お稽古楽しみですね。

多分、今でDCの方がやってきた「ものづくり」とは違うと思うんですよ。きっとね。
お客さんもそうだけど、役者に「やって良かった」と思ってもらえたら、出会えたことを良かったと思ってもらえたなら、中尾さんも(自分を)呼んだ甲斐があるかなぁと。

そう思える作品が出来たってことは、きっと観客にとっても良いものと思いますよ。

今はとてもよくコミュニケーションが取れてるんです。
美術家と舞台監督は30代の若手でトモさん(中尾氏)は50代で俺が40代。その中で遠慮なく話せる、言いたいことを言いあえる場がいい。
創る現場ではそれが大切なんですよ。皆の持ってるものを出して吸収してまた出して。
「いいものをつくりたい」という思いでひとつになっていくのね。
本当にコミュニケーションがいいので、その部分にもとても期待してるんです。
第一段階か第二かわかんないけど、いい状態ではありますね。

ご自身が「作ってるわくわく感」を感じてますね。

いろいろと想像してくださいっ。
いやぁもう、笑って酒飲めないです。胃に30コくらい穴があく。

飲めない(笑) 本当に?

でも「嘘つき」って言われそうな飲み方してるだろうな俺きっと。
もうこの年齢だからね、「いいよミズシタ、すごいっ!」って自分で自分をおだてながら盛り上げて創っていこうかと(笑)

世の中で最低でも自分ひとりだけは盛り上げてやると。

そうそう、そうしなきゃいけない。それはひとりよがりではなくて。
みんなのエネルギーを、最大限の力を引き出せるように創っていってね。

交通整理のおじさんであり、盛り上げる司会者であり引っ張りあげる指揮者でもあり。

そう、いいカンパニーにしたいです。
ダメだったら中尾さんに「アナタが俺を呼んだんだゼ」って(笑)

それがオチですかーっ。



いい年ですね、今年は。

そうですね。この10年間、50歳まではモノを作ることにバイタリティーを費やそうと。
ひるむこともあるけれど、やれるんだったらやろうと。自分が決めたことだからと踏み出していかれるのならね。
それで周りにいろいろ迷惑掛けるかもしれないけどね。

掛けるんだ・・。

掛ける掛ける、絶対。
俺、掛けてるつもり全然はないんだけど、周りに「あなたは周りにいろいろと迷惑を掛けている」と言われるんだよね。掛けてる・・・らしいんだよなぁ。
すいません。

ではミズシタさんファンに一言どうぞ。

『仇討』は来ないとっ。仇討を見に来てから語ろうよ、この芝居がどうだったかって。
こんだけ豪語してたこと対して。そして、次に水下がどう次の一手を打つかってね。

まず観てからと。

そそ、とにかくほんっとに観て欲しいと。

ホントに来い。そして観ろ。なっ! ミロミロ!

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