★恋愛日記2★ 演出家・水下きよしに駆け込みインタビュー!



桜はいまだ蕾の弥生、都内某所にて。しかしこの後お稽古場にすっ飛んで帰るとのことでインタビューは駆け足でした。

早速ですが、最初に話が来た時からWキャストでという依頼だったんですか?

いや、最初は全然関係なくお話を頂きました。

それでは人数的な問題?

そうそう。
最初は中尾(隆聖)さんとこで自主的にワークショップを週一位でやってる子を中心にやろうかという話で、当初は10人位の予定だったんですけど、「私も出たいです」っていう声(手)を挙げてくれた人がいたので、それで台本をみてこことここがWキャストになるならいけるかなーと思って。

組み分けは水下さんがされたんですか?

そうです。

組み分けの時に、相手は声優さんですから、声の質とか気にしたりしたんですか?

うーん。声だけじゃなくて役的にバランスを考えました。偏りが無い様にってことを考えました。

でも、若手の経験値は水下さんはご存知ないですよね?

ワークショップを何回か観させてもらっていたので、そこで様子を観てたし。
「鞄」(安部公房)って作品を読んでもらったんですよ。それを聴かせてもらってね。
最初、女子二人に読んでもらったんですよ。どんな本なのか聴きたかったからね。そのうち(ワークショップの場での)それがテキストみたいになって、自分達で男同士・女同士・男女で読み合いしてたんだって。
中尾さんが来られない時に俺が聴きに行ったの。後は役者の年齢層の幅が(台本に)はまったんだよね。
ほんとうはもうちょい大人のほうがいいんだけど。ま、いけるかなーって。

中尾さんの演出助手ってどんなことなさるのですか?

本当は一緒に居て細かい事や打合せの算段とかしたりするんだけど、中尾さんは毎日来られるわけではないので、来たときにアドバイス戴いたり、若い子に助言を入れて貰ったりしてます。時間がある時は必ず来てくれて相談してもらってます。

最初、割と座ってる場面の芝居が多かったのね。中尾さんに「これじゃ(お客さんから役者が)見えないよ?」って言われて、あっと思ってちょっと立ち上がるように変更して、動きも変えて・・・ってしたところで時間が掛っちゃったところがあったりして。俺(水下)のミスなんだけど。 

今回はお稽古場と舞台が同じ場所で使い勝手はいいですか?

そうですね。毎年、アトリエで子供のためのお芝居をやっているので、平台とか使い廻し出来る事を念頭に装置を作りました。
衣装は普段着です。迷ったんだよね。ダンスなんかで使うみたいな抽象的な印象になる衣装にしようかとか。でも舞台の装置が公園みたいになっててこれはなに、これはなにって確立してなくて、何にでも見えるっていう様にしてあるので、衣装は普通でいいやっって。

演出がチームごとに変わったりするんですか?

基本ラインは変わんないけど、俺は変わっちゃうタイプかなあ。

変わっちゃう?

こうやって動いてってとこで人が違えば(同じ動作でも)動き方が違うわけじゃない。だったらこうやってって、細かいとこで変わったりするかな。
基本的には同じだと思うけど、やってる人が違うから変わって来るし。

例えば、スペード組で振向く、っていう場面で、ダイヤ組では振向かないって演出したとしましょう。で、やってる途中でダイヤにスペードの演出を指示しちゃったりとかこんがらがったりしないですか?

あ、俺が?それはある。
でも、俳優がちゃんと出来てればいいの。細かい事はあるよ。これやってこれやってて。でも、話の流れに沿って話が生きてれば、出来てれば役者が振向こうが、振向かないでいようが構わないの。
やってるうちに、スペードもダイヤもだんだん同じになっていったりする。ダイヤのここがいいから、スペードもでこれやってとか、最終的に同じになっていったりしてるかな。(二つのチームが)合わさって行く感じがするね。
全然人間が違うから、同じにならないというか型枠にはめこむことはできないけど、やってるうちになんとなくね。

演出する人は客席から見るのはなぜですか?役者(舞台)側から見なくていいんですか?

観てるのはお客さんだから舞台側から観えなくてもいいの。俳優が観る訳じゃないから。
そのために演出家が居て、どう観えるか、本の内容が伝わって来るかとか人間関係が伝わって来るかを観てる。例え俳優が演技していて気持ち悪く感じても、それで客席に伝わればいいの。


本が決まるのぎりぎりでしたね、。

悩んでたんだよ。

Wキャストになっちゃったから、本探しで悩んだのですか?

いや、ずーっと悩んでたの。ずーっと本探してて、アトリエ公演だからって発表会みたいなのは嫌だし元気いいだけってのも嫌だし。若い子も何人かいるけど新人発表会じゃないし。会話劇がいいなあ、勢いでやるやつじゃないのがいいなーって。
候補には横内謙介のもあったんだけど。岸田國士も。
(各務)立基とモロ(師岡)さんとの二人芝居の岸田國士のやつ(「命を弄ぶ男ふたり」)、観に行って面白いなーって思ったんで。岸田國士を借りようと思ったら、図書館のは出払ってて無かったの。

それでね、竹内(銃一郎)さんが紫綬褒章貰ったお祝いに加納(幸和氏)が花を贈ったら奥様からお電話頂いて、それを事務所で俺が電話受けて、「ああ、竹内さん!」って思って読んだの。中尾さんにも読んで貰ったら「うーん、難しいなあ」って言うんだ。

難しい(難解な)話なんですか?

難しいですよ、台詞劇だから。でも、大丈夫ですよって俺は言ったの。
だってみんな恋愛はするじゃない。人を好きになった事は有るわけだから大丈夫ですよって俺は言って。
ちょっと竹内さんに了承を貰うのに時間が掛かっちゃったんですけども。
了承貰える前から、いいや、ってお稽古は始めちゃったんだけどね。

立ち稽古より本読みだけなら、声優さん達って得意そうですね。

違うの。

へ?

ラジオ劇とかでやるならいいの。でも(舞台の)台詞は体を使って出すものだから。

体を使って台詞を言うって?

(相手の)台詞を聞くって事が一番大事なのね。
普段は相手の話を(聞くという意識無しに)聞いてるでしょ。でも舞台になると聞けないんだよ。それは次にこう言うって台詞が台本にある事を知ってるから。だから、こういう風に言おうって(あらかじめ相手の台詞を聞く前に)思っちゃうの。で、そういう風に稽古でもするの。
でも、例えば今言った「でも」は台本に書いてあるわけじゃなくて、今(説明しようとして)出て来た言葉なわけだ。
台本に書いてあると、「こういう風に言おう」と思っちゃうのね。で、言って(互いに)やり取りしてるんだけど(相手の台詞を)聞いてないとリアクションが違った時に・・・

(説明してる動きが妙なのと、相手の台詞を聞き逃したら大変なことになるっていう話の想像から、インタビュアが吹きだしました。その動きに対応して)

ほら、今笑ったから俺は動きが止まるじゃない。これが本当(台本にない状況)だから相手が何を喋ってるかを聞くっていうのが大事で、自分が何を喋ってるかも(自分で自分の台詞が)聞こえて来るといいんだよね。
だから稽古中に「今の聞いてないでしょ」っていうと「聞いてなかったです」っていうの。

次、向こうを見なくちゃいけないって場合。「おーい」って呼び止められるから立ち止まって(呼んだ相手を)振り返って見るわけじゃない。それを、もう呼ばれるものだと思うから(呼ばれる前に)見ちゃうんだよ。それはだめだよ、(振向くのは)呼ばれてからだよってね。
じゃあねーって別れて、向こうに帰るのを呼び止めるんだけど、呼び止められるのを待っちゃう歩き方になっちゃうんだよ。
だから、ほんとの歩き方じゃなくなっちゃう。すたすたすたって行かなくなっちゃうの。呼び止められなかったほうが悪いんだから、気にしないで帰っちゃえって言うのだけど呼び止められるのが判ってるから待っちゃうんだよ。
それは演技じゃなくなっちゃうんだよね。それが、相手の台詞を聞くってことができてないってことなのね。

舞台を観てて、違和感があるのは、台詞のやり取りをあらかじめ判ってて待ってるのが感じられちゃうってことですか?

だから、それを演出で直して行くの。そのために客席側にいるの。
加納がよく言うのは、嘘を作るには本当を積み重ねて行くしかないんだって。
だって人ってただ立ってるだけじゃなくて、手を動かしたり、壁を眺めたり、ああ、きれいだなって思ったりするじゃない。
舞台に桜があるって設定になってるんだけど、人間は何かしながらでも気持ちが別な事に動くじゃない。ただ、悲しいつもりで立ってるだけじゃなくて、ああ、桜が何かきれいだなとか、気持ちで埋まってる。
「つもり」じゃなくてそれは実際の気持ちでしょ。

演出家の人によっては、何回かやらせてみて出来なかったらやめちゃう人もいますよね。水下さんは出来るまで付き合う方ですか?

時間によるねえ。
出来なくてもいいんだよ、出来ない事も有るじゃない。人間なんてその日は出来ない事も有るんだよ。いっぱいいっぱいだから、メモリーいっぱいでーすって感じで。
でも時間が経つと、その時は出来なくても出来る様になることがあるわけ。一回(出来ても出来なくても)やってみることが大事なの。出来なくても一回は(俺から役者に)伝えたよって。自分が出来てないなって事が判って、自分がどこが出来てなくて、どうして出来て無いかが伝われば、立ち止まらないで先に進んでもいいの。
後は身に着けるのは俳優の仕事だからね。
(出来るまで)付き合いたくなっちゃうんだけどねー。

言葉と体、体と言葉ってことを加納はうるさくいうのね。でそれを俺はまた伝える。孫弟子みたいなもんだよね。彼らは。

声優さんのお仕事って声以外を使うイメージがないんですが。体を常に使ってない場合、体と声を同時に使うのは大変なことなんですか?
舞台は全身を見られますよね。声だけが(客席に)届けばいいってことじゃないですよね。

やってる(言葉と体を使ってる)つもりなんだけど演技としてはばらばらになってる。それを言葉と体が一緒になるように演出していくの。
あと、台詞を言うときの癖を直したりね。
話す時にうなづいて喋ることってあるでしょ。普段の会話では気にならないけど、見てると気になるから首動かしちゃだめだよって。
あと、リズムを取ることがあるんだよね、体のどこかで。日常の会話ではリズムなんてとらないでしょ。

ええ。とってる自覚ないです。

でも台詞だと(リズムを)取っちゃうんですよ。取ってるよって言ってあげることで「あっ」て気がつくから、そこで気がついて取らないように気をつけるようになればいいの。
そういうことを見る必要があるんですよ。だから演出が要るの。

水下さんでもリズム取るんですか。

うん、よく加納に言われる。台詞を入れてる時に、なんとかで、なんとかでってリズム取って覚えるから。


とにかく面白い本ですよ。10人位の人が出て来るんだけどいっぺんに人がたくさん出て来るのは一箇所しかなくて、あとは、二人ずつのやりとりなの。
女同士・男同士の闘いっていうのかな、そういう場面があったり。
誰と誰が一番しっくりくるかっていうのは観てれば書かれてるから。

最後は詩で終わるのね。その最後の詩の場面が難しくて。
でも、シーンが作れた時「ああ。これで大丈夫だ」って思えた。
エンディングどうしようかって悩んでたんだけど、ちゃんと終われて、こうなってる場面が俺の中で出来上ったのでいけるなって。エンディングが好きなんだよね。

現代劇ってわかんないんですよねー。答えを客席に投げるっていうか、起承転までやって結を客に投げつける感じが多いなーと。で「?」って言いたくなる。
水下演出はどうなんでしょうか?

本の通りやってます。

水下きよし的な恋愛感はそこに(舞台に)投影されてるのでしょうか。

ないないないないない、全然ない。本の通りをやるだけだから。全然投影されてない。そういう本じゃないし。

同じ作品でも出演者演出によって変わるじゃないですか?

うーん。作品を読めば判るって言うか、女の間を行ったり来たりする男だったり。観たらなーんでこんな男なんか好きになるんだろうって話しなんだけど、すごい(人間的に)いとおしい話なの。
でも、女の話だなあって思ったんだよ。で、恋愛の話っていうか、姉妹の話だなあって思ったんだよね。ねじれた人間関係なんだけど悲しい事もあるけど、人を好きになるって事、「いとおしい」って事だし。

人を好きになるってことは素敵な事だと思うし、役者にも登場人物を愛して好きになって下さいって言ってる。
いとおしい人間。みんなが愛を抱えてる。辛いことかもしれないけど人間ってそうなんだなーって見えたらいいなって思ってる、だから、それが恋愛感っていうか。そういうことでは反映されてるかもしれないなあ。

『恋愛考』(2002年7月)の頃からそういえば、ずーっと人間ていとおしいなあって、だから好きなんだよなあっていうのはありますよね。

そう。可愛いし、切ないし。

いとおしいけど。死んじゃう時は死んじゃうんだしって。

そうそう。そうだと思うんだよ。人間であるってことが大事なんだと思うんだよね。今の俺の思ってる事なんだろうね。
お客さんが、どう感じてくれるかなっていうのがすごい愉しみなんだよね。

もうあと、最後の一週間だけど。時間が足らねーとか思うけど、もがきにもがこうと。
でもお芝居は直線で伸びるものじゃないし。いきなりぐんって変わるし、この最後で叩けるとこまで叩いて、 また本番で判ること、見えて来る事があるので、そこでまた変わるし。
今はいい感じに花が開いて来たというか、光が見えて来てるというか。そういうとこに来たかな。

二組に分けると。お互いのライバル心て燃えるんですか?

燃えるんじゃない?うち(花組芝居)だって、三組でやったときうちの組が一番って思ってやったんだから。

組ごとにお稽古日を決めてこの日はダイヤ、この日はスペードってやったんですか?

同時。最初にダイヤやって、じゃ次はスペードって。
ダブルだと、五時間の話を二組やるから、ひとつの芝居が単純に考えて10時間かかる。時間が足らないなーと。でも、ダブルだと発見があって面白い。こっちでわかんなかったことが、あ、これでいいんだあ。とかね。んじゃ、ここでこうしてみようとかね。
いい機会を戴いてますので。とにかく観に来て良かった、やって良かったと言われるものを作りたいですね。みんなそうなんだけどね、作ってる人はね。

今回若手の役者さん中心で、失礼ながら今まで役者と本に恵まれて演出してきたところから、水下の手腕が問われる試金石のような舞台ですね。

試されてますね。もう、やれることは全部やる、全身全霊傾けてやります。

某演出の方のように怒鳴ったり投げつけたりするんですか?

しないしない。怒鳴ってる時間ないもん。

怒鳴って、(役者が)しゅーんとか悩んでてもフォローしてる時間もない。

ない、そーんな時間は無いから。そりゃイライラすることは有るよ。でも怒ってもしょうがないじゃない。
怒って出来るなら、怒るよ。
でもやらなくちゃいけないのは、どこが出来てなくてどこが駄目なのかってことを伝えていく事。後は出来ないのは、俺が伝え切れてないってのはあるけど。
やってできることをやらないのは怒るよ。やれたのにやらないとかはね。

俺が判んなくて、俺がどうやって伝えたらいいのか判んなくて(役者が)出来ない事は有るから。俺が何ができてないかを判らなくて伝えられないのは俺の力量の無さだから俺はぱっとみて、何が出来てないのか瞬間的に判るほうじゃないから。役者には悪いけど何度もやってもらう。

ぱぱっと指摘してくれないんだ。

ここ面白いのに、なんでこんなにつまんなくなっちゃうんだろう?って理由が判んなくて何度でもやってもらう。「ごめんもう一回」って、俺が判るまでやってもらう。だから時間が掛かるんだよね。
何が悪いのか判れば言えるんだけど、何が原因か判んないんだよ。俳優は「ちゃんとやってるのになんで?」って。

場面ごとに水下さんが、動いて、こうやって、こうやってって台詞つけたりするんですか?

やるよ。こう動いて、こっちに行って、あっちを向いてって。

台詞のイントネーションとかも?

も、やりますけど、それがきっかけでああ、こういう風に言えばいいんだって(役者が理解して)その気持ちになっていってくれれば(俺が言った事と変わっても)いいの。
君がやってるのはこうだけど、でもこうしたほうがいいんじゃない?ってことをしたりする。
役者はやってるつもりになってるんだけど、出来てないことがある。それが判らない時があるのね。
役者的にはすごい長い間(ま)を取ってるつもりでも客席側から観ると、短く見えるから、それはここまでやっていいんだよってことを言って、俳優が「あ、ここまでやっていいんだ」ってことを解って貰う。
「こうやってみて」ってやって「あ、前のほうがいいやあ」とか、動きをみたりしてね。


今回豪華なスタッフですねえ。

豪華だよね。秋葉(陽司)にいわれちゃった。演出助手に中尾(隆聖)さん制作に関(俊彦)さんで。出世しましたねーって。ははははは。

ともちゃん(中尾氏)に遠慮はあるんですか?

ないない。そんな暇ない。

この組ならここが見どころってありますか?

どの場面もどこも見どころ。難しいけど、どの役もいいんだよ。
台詞をちゃんと言葉にできてるかどうかってことがね。場面として成り立ってるかっていうのが難しいんだよね。読んでるのねってのが判っちゃうんじゃだめなんだよ。そこは最後の追い込みかな。

本を選ぶのは「自分が出たい」それとも「これ、誰かで観たい」で選ぶのですか?

出たいっていうのは無いかな。面白い本があって、これ、誰々で観たいなあって・

役者で見てみたいなって考えられる本?

そうですね、観たい本かな。

演出って観客の眼なんですか?

なっちゃう。(実際の観客の目とは)違うんだけどね。もう、狭い枠で集中して細かいとこばっかり見てるから、お客からどう見えるのかって言うのがすごい気になるね。ちゃんと流れてるかなとか、初めてみた人がどう観えるかなーって。
花組芝居の稽古で、自分の出番じゃないとこで他の人の場面を観てても、それは役者を俺が知ってるし、どうやるかってのが解ってるから、ほんとの観客の目ではないね。
本の通りに話が流れてるかっていうのを観るのが演出として最後の観客の目でしょ。
演出家だけ面白いとか、俳優だけが面白いってのは、駄目なんだよ。

もう、こう集中して俳優を観てるからね。「はい息吸って、はいっ吐いて。そう、そうやって、動いて」って。
で、やってて「あー加納みたいだな。そっくりだな」って。「うわあ。いやだな」って思ったりするんだけど(苦笑)。
最終的には冷めた眼で観ようと努力する。通す時は口出ししないで観る。ここはつまんないけど俺が愉しいからいいやってとこもあるけど。

いいのかそれ、ありですか・・。

あるある。それは観客に向けた緊張感が出てくればいいの。空気空気、ってそればっかり言ってる。

みんな毎日へとへとなんですか?

どうでしょうねえ。へと、くらいじゃない?

集中力途切れたりしないんですか?例えば先にスペードやってダイヤって順番でやったら、ダイヤの番にスペードの時の疲れがでて、集中力が途切れたりしませんか?

する、そういうときは休憩。

休憩は演出家次第?

ほんとは一時間やったら休憩とかね。
演出家は休まなくてもいいの。脳内麻薬出てる時はすごい集中してるから、演出家のほうが。こうしたらどうだろうとか、もう何回でもやって欲しい。でも俳優は演出家ほど集中してないからもたない。
演出家は最初から最後まで全部集中して観てないと駄目だけど、俳優は自分の事だけじゃない。
でも、俳優は疲れちゃうの。だから俳優が疲れてきたら休む。休むのも大事だから、ね。

同じ場面を何回も繰り返すわけだから、俺なんかは五分の場面一時間とかやってるわけですよ平気で。
三行の台詞を「もう一回やって、はい、もう一回、そうじゃなくて、もう一回・・・」って平気でやってるの。「わかんないんだよな。もう一回やって」って。
俳優は疲れちゃうの。飽きてくんだよね。解るんだよ、それは俺もそうだから。もたないんだって。
演出家は、もう、わかんない事をクリアしたいから、もっかいもっかいってつい頑張っちゃうんだよ。駄目なんだよ、それは駄目な演出家なんだよ。休ませないと。

駄目な演出家自覚しつつ頑張ってるんですね・・

駄目じゃないけどね。

面白くない事は判るけど、なんでか、がなかなか判んないから、何度でもやってもらわないと判んない演出家なんですね。

そう判るやつはさっとわかる。

俳優さんには辛いですねえ。

そう辛いの。ごめんねって。悪いのは演出が悪いのかもしれないし、なにがいけないのか発見しないといけないからやってもらわないとわかんない。発表会じゃないって思いがあるからね。
楽しみだよ。初日が。怖いけどね。

中尾さんがよく言うのは「体で言う」ってことの難しさだよね。
体を作る難しさかなあ。体がついてくるかってことかな。

どうやって体をつくるとか、体のつくりかた、っていうのは水下さんは教えるんですか

できてないよって言うだけ。「そう言うなら、体はこうなるでしょ」って。そういう風に言ってるってことは体がこうなってないからだよって。
台詞かが変わらないてことは、体が変わらないからだよって、俺が100万回くらい言われてきた事を言ってるの。

誰かに言われてきたことを。

そう、加納に。
似てるなーって、思う時があるんだよ。ぱっと「こうっ」て言う時とか、立ち上がって観てるんだけど、似てるんだよ。加納が観てるスタイルで俺が観てるのがすごい判るの。「わーそっくりじゃん」って。
こうやって腕組みしてて、「ああ、すごい似てるなあ」って。ああ、だらしないとこはぜんぜん違うけどね。俺はだらしなく観てたりするけど。
こうして「ああ。似てるなあ。」って感じるよ。

お手本の吸収がいいわけだ。

だってそれしか知らないもん。
言葉って、ここ(体の中)から出てくる言葉体を通って出て来るものだからね。
口だけで喋るんじゃなくて、お腹から出して言ってもらう。
本当の声を探してもらう。

本当の声?出しやすい声のことですか?

喉を閉めない声。

喉が楽で、体から出せる声?

喉を開けて、出す声。
口だけで出す声じゃなくて、腹から出る声って感じが違うでしょ。「駄目。今の本当の声じゃないから、もっと本当の声出して」って。
声が出せてないってことをちゃんと言う演出家が少ないって加納がよく言うね。

それは、自分で演出するようになって?

花組芝居に居るからだよ。

審判の日は近い。

演出家は毎回毎回大変だ。
でも、どこまで出来るかとか「みんなに観てもらいたい」って状態に引き上げられるかって。どこまで出来るかって問題だけど。
ここで、こうなって・・多分大丈夫だろうって思えるから。
あそこまでいったから、ここも大丈夫でしょ、って。 あとは照明が入ってお客さんが入って俳優のテンションが上がってからが勝負だと思うんですよ。

お稽古の時とお客さんが入るのと(役者の演技は)変わる?

変わります。変わらないのが本当はいいんだろうけど。
集中力も高くなるし、魅せてる、観られてるって意識が出るじゃない。で、そこでモチベーションがぐっとあがるんだよ。
で、お客さんが良いと作品が良くなるし作品が良いとお客さんが良くなるし、俳優がだれるとお客さんもだれるし、お客さんが駄目だと、空気がダレて駄目だったりするしね。

理想の恋愛とか訊こうかと思ったんですけど。そういう話じゃないなあ。

駄目な男を好きなった女の話。

・・・?

姉妹の話。

・・・?

俺はそういう風に創ったから。
だって、(そう)本にかいてあるんだもん。書いてある姉妹をしてもらうんだもん。女の子だったらそうはしないわって事もあるかもしれないけど、作者が男だから。

はあ。

ちょっとオトナの芝居です。

お忙しいところ本日はありがとうございました。

ありがとうございました。

水下氏はダッシュででお稽古に戻っていかれました。 いってらっしゃーい。

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