夢と希望と欲望と。むさしやさんは成長中ー。





帝国:(以下帝):本日はありがとうございます。

水下:(以下水):いえいえ。

帝:お疲れ様です。ご無沙汰しています。

水:お疲れ様です。

帝:お仕事は今、ひと段落されたところですか?

水:そうですね、だから最近はあちこち出掛けてます。久々に芝居観ちゃってるのさ。 暮から正月にかけて、経済とHの演出(『ベゴニアと鈴らん』※1) があったので忙しかったんですけど、それが終わってからは結構、芝居を観てますね。
  うち(花組芝居)の外部とかは観られなかったけど、2月に大阪の『原ちゃん落語』が終わって、ちょっと体があいて。 ちょこちょことね。
で(観たら)飲みにも行っちゃうし。来月はちょっと羽伸ばしに行っちゃう。
でも帰ってきてすぐ原川の落語(『原ちゃん落語in日本橋亭』)です。

帝:結局お忙しいですね。

水:別に(自分が)やるわけじゃないんだけどね。

帝:落語の出演者が発表されましたが、水下アロハさんは出ないんですか?

水:出ません。プロデユースだけです。

帝:出ないんですかぁ・・。

水:暇ないもん。

帝:(あ・・遊びに行くって言ったのに・・)ネタが無いとかではなく?

水:幸い、落語やりたいと言ってくれる人が沢山いるので(出番はないです。)

帝:このところ米゜朝師匠はいいペースで、落語会づいてますよねえ。

水:もう、落語家のようにね。

帝:落語をやるってことは皆さんにとって刺激になりますか?

水:そうね。この間、落語家さんと原川、山下が一緒にやらせて貰ったんだけども、やっぱり、 役者とプロとは違うんだなぁ。 落語家の落語と、役者の落語は違うんだってことが判って面白かったですね。
日本橋亭でもプロの方が混ざってくださるので、違いが判って貰えて面白いんじゃないかと思いますよ。

帝:何故落語会のプロデュースをやるようになったんですか?

水:(原川に)やってよって頼まれたからなんです。

帝:一人であれもこれもやるのはやっぱり大変ですか?

水:大変でしょうけど、今は落語のことをご存知の方もサポートに入って下さってますしね。 今回の日本橋亭では太鼓と三味線が入るんですよ。

帝:お、鳴り物入りですか。ところで売れ行きはどうですか。

水:

平日は狙い目ですよー。狙い目ですよー。狙い目ですよー!


そうそう、久々に『せーじ・けーすけ』※2が出ます。

帝:『せーじ・けーすけ』ってことは、けーすけさんだけじゃないんですよね。

水:そう、『せーじ・けーすけ』で出て頂きます。

帝:ところで水下さんご本人はどうなんですか。今年、何か企みとかは?

水:日本橋の落語のあと、(花組芝居本公演で)牡丹燈籠やって。
あと、秋に『ベゴニアと鈴らん』の続編の演出のお話をいただいていますが、これはまだ予定ね。
夏にちょっと時間ができそうなので、久々に東京で「ON-DOKU」をやろうかなと。

帝:おー、久しぶりですね。

水:音(音楽)の人にも、入って貰おうかなー、なんて・・・。

帝:オー!

水:現在諸処調整中です。

帝:告知楽しみにしております。「ON-DOKU」では何を演るおつもりですか?

水:詩をね、演りたいなと。 詩の「言葉」に向き合うのってやっぱり面白いじゃないかと。  

帝:以前、歌詞を読むのは恥ずかしいと、おっしゃってましたが?

水:はい、歌詞は恥ずかしいです。

帝:「ひとりかい」や、「ON-DOKU」で、自分で自分を演出するって事は楽しいですか。

水:んー。楽しいけど、演出するというところまでは行ってないなって思いますね。
今回の「ON-DOKU」では、初心に返って本を持たないでやろうと思ってるんですよ。
                

帝:覚えるんですね?脳細胞復活しましたか。

水:復活してないんだけども・・持たないでやります。

帝:「読む」のと、「持たないで読む」のとは違うのですか?

水:自由だからね。持ってないほうが。

帝:手が?

水:違う違う。(本を)持ってると、ちゃんと読んじゃうんだよ。
例えば「よだかのほし」だと、
『よだかはとても醜い鳥です』って読むのを、本を持たないで読むと、
『よだかは・・・・・・・とてもみにっくい、鳥です』とか、「話す言葉」に出来る。
お芝居に近くなるのかな。
本を眼で追いながら読むと、なかなか(文章を読むことから)離れられないんだよね。
読もうとしないで出来るっていうのはやっぱり違うね。朗読っていうのじゃなくやりたいんだよ、それこそ落語みたいだよね。でも、違うんだけどね。
覚えている文章を、どう読もうっていうイメージが在るんだけど、出ちゃう音って言うのか、この音が出ちゃったら次はどう読もうかな・・とか、自由に出来るんですよ。 覚えちゃえば、覚えた文章を「読む」事も出来るしね。

帝:本を持たないでやると、文字と違う言葉になったりしないんですか?
例えば「ました」が「ます」になってしまうとか、意味は同じでも、違う言葉が出て来てしまうとか。

水:それは有得る事だけど、それはしない、絶対しないって思ってやってます。
そうなる事も有るけども、原則そこに選ばれている言葉は変えない。 自分の中で、ああ、こっちの言葉のほうが言い易いなってのは有るけどね。

帝:自分が読みやすい言葉じゃない言葉にぶつかる事もあるのですか。

水:あるある。でもやっぱり作家が作り出した言葉だから、変えちゃいけないんですよ。
だから、思い出す「間」が出来ちゃったりというのはあるかもしれない。 でも、本を持って「読む」っていうところから離れたいっていうのが強いのかな。

帝:「ON-DOKU」や「ひとりかい」で、同じ詩を調子を変えて読んでらしゃるのが面白いなあって思うんです。 いろんな読み方があるんだ、こんな読み方があるんだっていうのが発見出来て。

水:そうそう、読み方に決まりはないんだもん。悲しい場面で楽しい詩を楽しそうに読めるけど、気持ちはすごく悲しいんだって事だってある。心情をどう出せるかっていうのがあるよね。

帝:「詩を読む」ということがライフワークになってきてますね。

水:長いの読めないからね。

帝:そういう落ちですか。

水:大変なんだぞ本当は! 短いの沢山覚えないといけないってのはっ。
あとは「ON-DOKU」で、「詩っていいよね」って思えてもらえたらいいなって思うしね。 全部じゃなくて一行とか、フレーズでいいから。 で、東京でやって、(今年は)もちろん大阪でもやりますっ。

帝:ばんざーい。
「ひとりかい」は、セルフプロデユースですよね?舞台の演出との違いはなんでしょう。

水:「ひとりかい」は、自分で観られないってのがあるよね。人の目っていうもので自分がやってるものを自分では観られないからね。

帝:演出をなさる場合、演出する人数の増減は意識するんですか?

水:少なければ少ないで大変だし、多ければ多いで大変なんですよ。
狭い所に人が沢山入って来たらどうするかとか、配置の問題が出て来るじゃない。 だから台詞との関わりも有るし、配置のバランスも有るし、少なきゃ少ないで(空間が)埋まって無いと駄目だし。
人数の多少というより(空間が)埋まるか埋まらないかってことに意識が行きますよ。

例えば5人位なら、メイン2人の動きが決まればそれに連動して周りの動きも決まっていくってのがあるけど、数が多いとそういうわけにはいかないのが大変かな?

帝:演出する時は最初に劇場の大きさは考えるのですか?

水:それは当然。だって大きさに合わせて(役者は)動くんですから。

帝:知らない劇場の場合は、寸法聞いて想定するんですか?

水:まず観に行きますよ。大体は。

帝:客席から見える高さとか意識しながらつくるのですか?

水:高さ?

帝:「恋愛日記2」のときに、中尾(隆聖)さんに言われたんでしたよね?「客席から見えないよ」って。

水:ああ、舞台の上に座る芝居をしちゃうと客席から見えないってことね。
それは言われてから気がついて、じゃあどうしようって考えました。
この間の「居残り左平次」のときも、舞台の高さをどこまで上げ下げしたら客席から見える見えないっていうことのせめぎあいでした。客席で、演出上見えないストレスをどこまで許容して貰えるかっていうね。

帝:そういえば最初から演出志望だったと以前おっしゃってましたよね?

水:そう。でも演出って例えば加納ぐらい天才じゃないと出来ないやっちゃいけないんだって思ってたんです。
けど、何で読んだか忘れましたが『自分が出来ることでしか、出来ない』って言う演出家の言葉を読んで、ああ、それもありなのかって思うようになったんです。 たまたま(中尾さんに演出をしないかと)声も掛けていただけたんで、感謝してます。
演出っていうか空間を作るってことが好きなんだなって思います。 例えば喫茶店なんて大好きであちこち行ってたりしたんですよ、高校・大学の頃。お店ってテーブルやらなんやらの配置があるじゃないですか。こうしたらどうなるかなこうなるかなっていうのを考えるのが好きだったなそういえば俺は・・って思います。 俳優も楽しいけどね。 だから演出の仕事が出来るのはすごく嬉しいです。

帝:役者よりも?

水:ふふふふふふ。

帝:えーっ えーっ えーっ!

水:でも、それは判らないよ。なんかすごく役者に燃えちゃうかもしれないしさ。 演出にしても役者にしても、観てくれた人の心に何かが引っ掛かったら嬉しいですよ。

帝:引っ掛かる?

水:観た人の気持ちにね、何か残る事。好きでも嫌いでも。
大崎(「左手の恋」※3。)が、 「どんどこどん」※4を観に来てくれて、俺が演出した事とかは覚えて無かったんだけども、面白かったっていう記憶には残ってたんだって言われた時は嬉しかったです。 それがすごく嫌な(というか、ひっかかってくれていれば)記憶でもいいんですよ。覚えてるくらい、その人の中に残ってるって事だから。後で気づくこと、滲みてくることってあるから。  

帝:演出をしていて「ああ、これは出来ないな」とか諦めてしまうことはあるんですか?

水:最低観られるようにはします。そこからどう良くなるかですから。
これはこうした方がいいかなって思って、やってみたら「あれ?」ってこともあるけど、すごい急カーブで良くなったりするのが役者っていう「人間がやる」面白さですよね。 諦めるってことはしないよ。

ある場面がつまんなかったとしても、それは(芝居としては)マイナスだけども、ここの場面が面白くてそれがプラスであればカバー出来るでしょ。それがマイナスを凌駕すれば良いんだから。全体として及第点が貰えるようにするのは絶対ですからね。

芝居として一体感っていうか、ひとつの物語になってないと、いけないわけだから。 なんか、下手じゃないけど面白くないなっていうのは、駄目なんだよね。仲間じゃないけどお友達じゃなくて、一緒に作るっていうのが大事なので。 仲が悪い人同士でも、芝居をね、いい芝居を作りたいって言う気持ちがあるからいいんだよ。そこに居られるの。
仲悪い同士で「俺はお前の台詞なんか無くてもいいんだ」みたいなことをやり出したらもうそれは面白くなくなっちゃう。ひとりぼっちじゃ出来ないんだよ。 そういうね、人をまとめていくっていうのも演出の仕事ですね。

帝:お料理みたいですね。冷蔵庫に入ってるもので何こさえようかな?と。

水:似てますね。役者は感情があるけどね。

帝:ものを言う素材。

水:そうそう。

帝:自分が思う動きを俳優さんはしてくれるんですか?

水:動きとかじゃないですね、そういうのを求めるんじゃなくて、キャッチボールが出来てるかです。その場の役者同士でね。それが出来るようにどうしたらいいか、を僕は考えて(役者に)やってもらう。 だって同じ動き、同じ型にはめても出来上がるものはぜんぜん違うものになるからね。
だから、例えば左に行くんだけど、そこは左に行く気持ちで右に行って、というのはあるよ。左の方が行きやすいのは判るけど、右に行って貰いたいからと。

帝:右に行けなかったら?

水:右に行って貰うまでやる。それで面白くなかったらまた考えるけど。
とにかく、(自分が)観たいシーンっていうのはあるんです。そのためには、左じゃなくて右でないとっていうのがね。 で、観たいはずのシーンなのに、なんでつまらないかっていうことを考えていく。
何故つまらないってことを考えるのはすごい大事なんだよ。

帝:でも、右に行けって言われても役者としては納得できない時は?

水:とにかく行ってもらう。だってそれが(役者の)仕事なんだから。

帝:自分が役者の立場でも同じですか?納得行かなくても、演出の指定指示であればやるんですか?

水:それが仕事なんだって。そういうふうに動く役だから。
やりづらい事も有るけど、役はそう動かないと駄目なんだから、動きは右だけど、気持ちは左なのはありますよ。あとはやり過ぎちゃいけないってこともね。

帝:東急の講座だったと思うのですが、以前加納さんが通行人の役でも何かその役者に見せ場を作りたくなっちゃう、なにかひとくさりあってよろしく出てよろしくひっこむみたいにしたいようにおっしゃってましたが、そうやって役ひとつひとつに何か見せ場的なことを作ろうとかはなさいますか?

水:それはねえ、俺はしないな。いや、わかんない、してるかも。

帝:通行人なら通行人ですーっと行って欲しい?

水:場面とか芝居(脚本)によるかな。

帝:自分の演出に不安になったりしますか?それはただのひとりよがりなのでは?とか。

水:それはなりますよ。だから観に来た人には必ず訊くし。 あとは、入り込まないで見るってことに注意してるって意識がありますね。

帝:演出をやりたいと思ってはじめられた芝居の世界ですけど、演出の「勉強」ってなさったことはあるのですか?

水:無いです。加納っていうお手本と外部に出た時の演出を見てきているのが勉強かな?テキスト読んだりってことをやってきてはいないです。
だからいろんな人の意見がすーごく勉強になる。それが一番の勉強かな?面白いとか、つまらないとか言ってもらえると、それをまとめるとこうなるなってことが見えてくるからね。 だから、何にも見えてこない時は一番しんどいかな。 
もうあっち動かしこっち動かししてて、誰かが「そっちは?」って言ってくれると、 「ああ、」ってそれでいってみようってやれる。
その部分は俺が演出してるんじゃないじゃんって言われてもそれはそれで良いの。 アイデアを貰えるって事はとても有難い事だからね。 それを素直に聞くのが大事なんですよ。

今回の「経済とH」での演出が、一番(役者と)距離のある演出をしてるのかもしれないな。
今までやってきたのは花組芝居の役者とかDCのメンバーとか、自分と関わって来た人たちだけど、今回はほんとに初めての人たちとの仕事でしたから。 どこまで最低限仕上げれば最大公約数になるかっていうのがね。

帝:「ベゴニアと鈴らん」は、台本を台本のままつくりましたっていう印象でしたよね。演出家・水下きよしカラーっていうより、本のまま。それ以上でも以下でもない感じでした。

水:まさしくそれが仕事ですもん、今回は。そのために(演出家として)呼ばれたんだから。
佐藤さん※5が鉄塔(「その男達は鉄塔にいるという」)をみて面白い、 鉄塔ってこんなに丁寧に作ったんだって思ってくれたんだけど、鉄塔のように丁寧に作るには時間が無かったので、 ユニットがばらばらにならないでまとまって、俺がこの本の中で伝えたいと思ってるところは伝えられるようにして。 だから譲れないところは譲らなかったんじゃないかな。

帝:演出してて「もういやーっ!」ってなる時なんてあるんですか?

水:それはもう何にも出ない時ね。何がどうして駄目なのか、「何が」が判らない時。 もう、何回も同じことを繰り返して貰ってるのに判らない。 でも、判らないから、繰り返してもらう。10回でも20回でもやって。

帝:付き合う役者はたまったもんではないですね。

水:そう。大変なんですよ、役者は。

帝:いやな演出家だなあ。

水:はい。お客さんが劇場に入った時に「客」って言う最後のピースが嵌るので、 最低これだけはやっておかないとという、最後のピースを嵌められる最低のボーダーラインを決めるのが演出家の仕事ですからね。 そのラインには絶対到達しないと駄目だから。

帝:ボーダーラインを低くしてしまおうって諦めることはありますか?

水:諦めるんじゃ無くて、最低ここまで出来なくちゃっていうところまではやる。
駄目駄目な時があっても、ここまでなら見せられるってとこまで出来るようにはします。

帝:演出って大変なんですね。「演出家・水下きよし」はすごく厳しい感じがします。
ところで、「役者・水下きよし」として、今までやってきて好きな役は何ですか?

水:うーん・・判んない、全部好きだけど。どろどろした役は好きかなぁ。

帝:どろどろ、ですか。

水:どの役でも、もっと「気持ち」っていうところを出していきたいって思ってます。
例えば(夜叉ケ池の)萩原晃が、お百合さんを大好きだったんだって、ああ、こんなに愛してたんだってことがふっとでたらいいなっていう思いは今もあります。 気持ちを押し付けないで出すってことをしたいんだよね。

帝:年月を経て、女の好みや愛し方が変わってきたってことですか。

水:変わらないよ。愛してるってことが素直に、恥ずかしくなく言える歳になったんだなってことかな?愛は大事だからね。 大事だって事が判るようになって来たっていうのが歳をとっていく楽しみなのかも知れないしね。

帝:成る程・・。 ところで、お肌つやつやでございますな。

水:お手入れしてます。

帝:ほー?

水:マッサージするといいですよ。あとはね、ちゃんと毎日鏡を見ること。今日は疲れてるなーとか、自分の顔をちゃんと見ることね。

帝:うーむ、直視し難いものがございますな。

水:疲れてる時の顔は「あぁ駄目なんだな」って自分で判るのが大事ね。

帝: 化粧前で「かお(化粧をして)」して、「今日もいい男だ」って気持ちになりますか?

水:がんばろっ!て気持ちにはなるよ。

帝:赤熊の役なら、赤熊になったなって思いますか?

水:そう言うのは無いです。 ちゃんと化粧のったし、よし行くぞっ!て思いはありますよ。

帝:頑張るぞーって感じですか?

水:うーん、気持ちはね。でも頑張って、んーって無理な力は入れないで、居るだけでそこに立ってるっていう風にはしたいよね。それが目標なんだけど。

帝:無理に「なろう」としない?

水:頑張ろうっていうエネルギーじゃなくて、体の中からそう思うっていうのかな?
しっかり腹に役を持って居たいんだよね。 だから、舞台に立った瞬間に顔が変わりたい、変えようと思って、変えるんじゃなくてさ。 そのために体の(無理な)力を抜くっていうのは目標ですね。

無理な力が入ってるとスポーツでも仕事でも、ちっとも上手くいかないじゃない。 仕事なんかでも一人でわーっと頑張ってても、ちっとも進まないってことがあるじゃない。それと一緒。 なんか気負わないでやってみたら、あれ?上手くいったな、みたいなのあるでしょ。
落語家さんも、やっぱり前座さんは座って一生懸命だけど、ベテランは座った瞬間にすっと収まるじゃない。 その辺はキャリアと技術もあるかな。
若いうちはとにかく頑張っていくって事も必要だから頑張ることも大事なんだけど、頑張ってみて「あ。ここで頑張らないとこうなるんだ」って発見ができることがすーごく大事なんだなって思いますね。

帝:それでは最後に、「水下きよし」にとって花組芝居とは?

水:家。

帝:家?

水:実家。んー・・実家じゃないな、家。うーん。 今、家を作ってるところ。だからいい家にしたいですね。

帝:今までやってきていて辛かった事は?

水:やりたい事と、やってる事と、要求されている事が噛み合わなかった時。

帝:自分の技量が足りなくてですか?

水:技量でしょ。技量なのか、理解出来てないのか、何がいけないのかっていうことが解らなかった時。 30歳前後の頃かなー。

帝:やりながらも何か違うって思ったってことですか?

水:そうそう。
それが、今は何が解らないのかとか、何が出来てないのかなってことが解ってきてるんじゃないかなって思うんだよね。 そう思えて来たから面白くなってきたよね。
出来ない事、出来る事の見分けとか、出来ない事は何がいけないのかが解ってくると、方向が見えてくるじゃない。 そういう風になってきたかなぁって思えるんですよね。

帝:どこまでものびのびと成長されていますね。本日はありがとうございました。

水:ありがとうございました。


☆そしてお知らせ☆

関西の皆様・・・お待たせいたしました。
この秋に大阪にて「ひとりかい」開催致します!!
11月下旬予定、詳細は決まり次第お知らせいたします。
乞うご期待☆


※1 演劇ユニット経済とH 第4回公演「ベゴニアと鈴らん」
     @下北沢OFFOFFシアター(2008.02.01-04)
※2 「弾丸列車」でお馴染み、けーすけさんの本業(?)しゃべくり漫才コンビです。
※3 「左手の恋」※3 共演者の大崎由利子氏
※4 
 BoroBonだめしプロデュース「どんどこどん〜ふたりのかいわ」冬のサミット2001参加
   @駒場東大前 こまばアゴラ劇場(2002.01.01-03)
※5 演劇ユニット経済とH主催。経済評論家。

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