『照れ屋さん』インタビュー


よろしくお願いします。

お願いします。

早速ですが。芝居って終わったら抜けちゃうものですか?

・・・何がですか?

気持ちとか。テンション?とか。以前「いろは四谷怪談」のお話を伺うときに、あまり千秋楽から時間が空くと忘れちゃうっておっしゃってましたよね。

抜けちゃうって言うか。まあなんていうか(気持ちとか記憶とか)抱えてはいるけれど忘れていかないと、終わったら次に行かないといけないし。次の仕事に入るときは切り替えないとだめですから。浸ってるってことは無いですね。

芝居の高揚感とか気持ちは抜けて行っちゃうんですか。あの時はあーだったなーこーだったなーって余韻に浸ったりは無いんですか。

そりゃそう思うけども、もう終わったことだから。

そうなんですか。

終わったら休むって事は大事だからね。

『幻の秋谷屋敷を探せ!』(以下『秋谷屋敷』)のDVDは水下さんが一人で編集したんですか?

そだよ。(自慢気)
八代がこんな感じって台本作ってくれて。カットして繋げて。業者さんに渡す締め切りがあったんで、最後の一日は丸々寝ないで作ってました。

お疲れ様でした。

でも結局一日だけ待ってもらいました。面白いなーと思いながら編集してましたよ。

ご自身は行かれてないんでしたっけ?

行ってない。猫だったけど。
面白いよ。(観たら)行ってみたくなると思うよ。行ってみて、自分で確認してみたくなるかもしれない。ああ、ここなんだーって。

ご自分も行きたかったですか?

行ってみたいですね。そこそこ面白かったでしょ?

申し訳ございません。まだ観ておりません。

難しいですよね。もっと使いたかった(映像)部分とか面白い話とかもしてたんですけど、時間の都合もあってカットしましたから。

ゴクネコのメイキングの撮影も編集も水下さんですよね?

俺がやらしてって言ってやってるからね。

どうですか?手応えというか、感触は?

すんごい楽しいよ。最初にやった時に映像ってなんて嘘つきなんだろうって思った。

嘘つきですか?

編集によって印象が変わるんですよ。例えば、テレビでもインタビューで真実を語ってるんだけど、前後を入れ替えることによって、(印象が)悪く見えたりするんですよ。ほんとは良い人なのに。映像は編集が大事なんだって思いました。
どこから撮ってどこを撮るかっていう切り口、絵をどうするか、どう切り取るか、「絵」をどう繋いでいくかだからね。
ぱらぱら漫画みたいなの作るだけでも、(編集が加わると)全然違う。それが判ってくると良いんですよ。

撮ってる時は出来上がりを想像して撮ってるんですか?

いやぁ、それは無いな。とりあえず撮りたいものを撮ってます。まあ、こんな絵が撮れたならとかいう思いは有りますけど。いろんな絵を撮っていきたい。
例えば本番では有り得ないなっていう絵は撮りたいな。ゴクネコのDVDで立基が踊って歌いながら出てくる所は加納が振りを付けてるから一緒に出て来るじゃない。でも本番では有り得ない場面でしょ。全部見せちゃうと面白くないから部分だけだけどね。
まあ、著作権とか有るんで出来ないことも有るし、自分も芝居に出ないといけないですから。

自分がここを撮っておきたいからあの場面をもう一度やって下さいっていうのは無かったんですか?

それはやらないやらない。あくまでお稽古中の風景。やらせは無いです。

メイキング作ってると水下きよし映らないんですけど。

でも、大井とか健ちゃんとか撮ってくれてる。
面白かったのは最初に俺もやっちゃったんだけど、ぱっとカメラを左から右に動かすじゃない。早く動かしすぎると映像にすると酔っちゃうの。
AからBに移る時に、A・Bってぱっぱっぱって、点で撮るのは良いんだけど、AからBまでなめるように映す時は自分が思ってるよりゆっくり撮らないと早過ぎちゃって駄目なんですよ。早く動かすとぶれちゃうしね。ゆっくり撮ってると編集も楽なので。長いのは縮めることが出来るからね。
だから、なめるならゆっくりなめてーってお願いしました。

おお。学習されたんですね。

したした。すごくした。好きなんだよね。短編映画も作りたい。

先ほど映像は嘘つきだとおっしゃってましたけど、『秋谷屋敷』のDVDの中で実は作っちゃった部分とかあるんですか?

それはないよ。あれは時間軸のままずーっと。あ、入れ替えた瞬間は有ったかな。
「森戸神社でーす」って鳥居が映ってから言ったのを、「森戸神社でーす」って言ってから鳥居を映してるくらいかな。(『秋谷屋敷』は)80分テープ4本くらいだからね。元は。 

全部見たんですか?

見ました。(映像をパソコンに)取り込まなくちゃいけないので。
ああ、何本くらいだろう?10本以上は撮ってるな。ここ良いなー、使えるなーって(撮る部分が)増えちゃう。
(お稽古だから)何度も繰り返すじゃないですか。でも後で編集しながら「ああ、もっとここのシーン撮っとけば良かった」とか思ったりしますね。
一日のことじゃなくて、30日くらいあるお稽古で面白そうな所を撮ってるんですけどね。

お稽古場だけの映像なんですか?

ゴクネコは現場にはカメラは持込まなかったのでお稽古場だけでした。
でもまあ(メイキングを)、面白いって言ってくれると嬉しいですよね。そう言って貰えるようにはしたいですね。業務用のビデオではないので画像は悪いですけど。身内が作ってるっぽく出来たら良いなーって思ってるんだけどね。

ホームビデオっぽいイメージなんですか?

イメージってのは無いんだけど面白いシーンがあって、そこが「ああこんな風にして作ってたんだ」っていうのが見えれば良いなあ。
でも、駄目出されてるとこは映ると嫌じゃない。

そうですか? 観たいです。

まあ、観たいかもしれないけど。踊りの振りがこう踊ってたのが、実はこうだったんだっていうのが判るように作ったりはしてますけどね。

今回の『日本橋』と『草迷宮』のメイキングは出るんでしょうか?

出ません。多分。作ってる余裕が無かったので。
まあ、代わりに『秋谷屋敷』がメイキングじゃないけどあるんで。スタンスは違いますが。

『日本橋』はそういう探しにいくのは無かったんですか?

場所が無いから『日本橋』は。高速道路映しても駄目でしょ。ここに地名がありましたとかね。ああ、千草煎餅を探せっていうのは有りかな。

ははははは。

映像の作品を作りたいなって思うんですけどね。

それは花組芝居に関係無く?

花組芝居でもいいし、全然違ってもいいし。短編の5分とか20分とか。

自分で本も書いちゃうんですか?

本は書けないから、面白い本があったら。
昔、弾丸で「くもの糸」ってやったじゃない。あれはスチール写真を映してたでしょ。ああいうのを映像にしたいなと。

すごい写真でしたけど。あれですか。

ああいう感じのを動かしたいわけよ。

なるほど。

短いのが良いな。例えば、『卯の卵』をカメラを置いて作ったらどうなるのかなって思うけどね。
あとは、俳優紹介とかね。

映像パンフレットみたいなのですか?

そうそう。こんな役なんですよーって観るのも面白いんじゃないかなー。俺が(芝居に)出ないで撮影にだけ専念したらまた違うかなあって思う。

あら、でも、花組芝居は出たいでございましょ?

出たいですね。出させて頂けるならば。

出て頂かないと!
『草迷宮』では猫以外の時は何をされていたんですか?裏方さん?

最後のウサギさんたちの着付けをお手伝いしてました。それだけかな?あとは、上手の台の上のセット替えかな。障子の取替えとか。

あの『草迷宮』の障子って役者さんがポスポス穴開けてたんですか?

美術さんがちゃんと作ってくれてます。

花組芝居は障子張りも上手なんだと思ってました。

違う違う。ちゃんと美術さんが破いたのを作ってくれます。(障子は)ちゃんと破れて(劇場に)やって来ました。

障子が変わるだけで印象が変わりますよね。
猫のスカートはずり落ちそうでしたね。

あれは最初、ウエストで巻いたらこれじゃないなあ、タヒチみたいに腰ではいたほうがいいかなって。ここ(ウエスト)ではくより、ここ(ヒップ)ではく方が面白いなあってやってみました。

誰か引っ張らないかなーって思ったんですけど。

いやいや、紐で結んでるから(引っ張っても)落ちないです。
あれで柄がカラフルだったら、南の島の人に見えるでしょ。そういうはき方にしてみました。

大変お可愛らしゅうございました。

あれ可愛いでしょ、崩れた猫。

ゴクネコから続きますね。猫の被り物。

猫猫でね。猫で来たからひとりかいも猫ものを読むか。と。

そうなんですか?

猫で来たから、今年は(俺は)猫なのかなと。

※『日本橋』でハマグリとサザエの被り物をした人が二回出てきます。一回目のハマグリを被っていたのは実は水下さんだったんですが。

あのですねー。大阪で太られましたか?

・・・いや?分からないけど。太って無いと思いますよ。

いえですねー。霞川の猫の時とハマグリの時とほんとに同じ人なのかなあーていう話が有りましてですね。『日本橋』での一組目のハマグリはほんとに水下さんですか?

うん俺だよ。

大阪で誰かと代わったりしてないですか?

代わってない代わってない。何かがのり移ったからかもしれないけど。太って無いよ。

大阪の一回目のハマグリ、なんとなくグラマーだったんですけど。

そういう風に見えるんだよ。明かりだと思うよ。

東京は猫もハマグリも同じっぽかったですよ。

明かりだよ、それは。大阪は天井が低いから上からの光の位置が低いんですよ。明かりですよ。

脱ぐ場面があるとやっぱり鍛えようって思うんですか?

筋肉むきむきにしようとかは思いません。海老蔵さんかな?身体を鍛えちゃうと肩の筋肉が邪魔して腕が綺麗に上がらなくなったりするんだっておっしゃってましたしね。幾つになっても動いていられる身体ではありたいと思うよ。遊びたいし、舞台を持続させる身体ではありたいよね。

なるほど。
千秋楽では恒例のカーテンコールがあってものすごくびっくりしました。

(加納は)悩んだみたいですけど、東京でもやりましたし、大阪はゴクネコでも行かれなかったしね。ご無沙汰でしたから。

いかがでしたか?IMPホールは。

楽屋が少なかったです。もともとが演劇用ではないのでね。ただ、お客さんが観やすければいいんですよ。
観やすかったですか?

来年は円形(OBP)ですね。

そう、行ってないから分からないけど。ファッションショー用に作ってあるらしいですよ。袖とバックヤードが広いらしいです。でも控え室は無いらしい。モデルは袖でばーっと着替えるだけだからね。
劇場じゃないとこでやるっていうのは、それなりに制約があるので、(役者の側の)使い勝手はあんまり良くないことがありますけど、お客さんが観やすければいいんですよ。

でもロビーは広くて物販眺めてるのも楽しくて嬉しかったですよ。

ロビーはね、広い方が良いですね。まあ、劇場がでかかったからね。(ロビーが)広いと物販もしやすいし。
お客さんもだらだら出来るしね。

久しぶりでしたね、ああやって役者の方が表に出て物販されるのは。嬉しかったなー。眺めるだけでも。

まあね、空いてる時間があったからね。喜んでいただけたなら嬉しいですよね。役者の素顔を見たくないっていう方もいらっしゃるでしょうから良し悪しですが。

今回、初演と比べて上演時間がかなり短縮されてますが、演じてて「あら、何か物足りない」ってことは無かったんですか?

うーん、それは無いけど、やっぱり初演のビデオ観た時に「うわ。こんなにしゃべってたんだ」って思いは有ったかな。
五行の台詞で気持ちが変化するのを今度は三行で変化させる。そこに無理が無ければいいんですよ。台詞が短くなっても気持ちを抜いてるわけではないので。
もうちょっと懇願する時間があれば、葛木の方でもっと赤熊に対して感情を作りやすいと思うけど、短いやり取りのなかでも、場面が成り立っていればいいんでね。
(初演は)三回繰り返したことを、今回は一回で言ってるだけだから。

赤熊の台詞自体はそれほど減った印象がないんですが。

無いでしょ。でも、自分の中では三分の一くらいになった気がする。実際はそれほど減ってないんだろうけど。ただ、減っても(気持ちが)保てればいいわけだから。
葛木とのやりとりで台詞が減ってても大丈夫なんじゃないかな。今回のほうがコンパクトで良いと思ってもらえればそれで嬉しいし。

初演の時と言い回しが変わってるなって思う台詞もありましたけど。意識して変えたりしてたんですか?記憶だけなので勘違いかもしれないですが。

前回を意識して台詞を言ったりはしてないです。今回は今回の台詞。初演から時間も経ってるしねえ。意識して変えようなんて思いませんよ。変わったとこも有るかもしれないけど。(役としての)思いは同じだから。
変わったとこがあるとしたらそれは俳優としても人間としても経験を積んで変わったことだから(気持ちは)全然変わってない。
赤熊っていう役が、水下きよしと共感してるっていうことは(前と)同じだから。それをどう出すかってことだと思ってるから。俺は役と俺が共感するとこが有るって思うしね。
みんなに合ってるよって言って貰えるってことは任(にん)なんだなって思うしね。そういうのが自身にもなったりして成長出来れば良いなと思います。

再演は上演時間そのものも短かったですけど台詞スピードも速くなってましたね。

そうですかね。小屋に入ってからはゆっくりしゃべろうかなーとかは意識したとこはありました。

しゃべり方っていうのは演出から「こうしゃべって」って指定はあるんですか?

それは(演出家の)意識と違えば,そうなるけど演出家の範疇内だったらそれは無いです。
初演で言われたことを踏襲してここはこうした方が良いんじゃないかってのは有ります。言い回しがどうでもいいわけじゃないけど、気持ちがちゃんと伝わればいいからね。

初演の時に言われたことをメモしたことを見直したりするんですか?

俺はしない。そういう人もいるんじゃない?でも一回やってるし、ビデオも有るし。

例えば、前回は台詞だけでいっぱいいっぱいになっちゃったとこもあったっておっしゃってましたよね?今回はそれは克服されたと?

分かんないけどもねー。台詞に対しては言い間違ってもそれはそれで止まったりしないで、行けるようにはなったかな。もっともっと豊かにしゃべりたいと思うけど。
満足してるかって言えば満足してないし。駄目だったかと言われればそんなことは無いし。これが今回の全力だったから。

それは初演の時の感じとは違うんですか?

違う。きちんとやりたいって思うけど、それは台詞をきちっとじゃなくて人間をきちっとやりたい。間違えることは有るし。やってて「あ、間違えちゃった」って思ってその世界をキープ出来ないのは一番ダメだから。
思ってる気持ちは毎回全然変わらない。ああ、今日は体調によって、出る声がこうだなって思ったら出る声で。感情じゃ無くて伝え方ね。(表現する)感情は決まっているので。

お稽古の時はこうやってみよう、次はこうやってみようって試せますよね。本番の時は変えようとかあるんですか?

俺は有る。他の人は分からないけど。なるべく「こうしよう」とかは思わない方が良いんだけど、こういうこともやってみようかなって思うことは有る。本番で発見する事はあるんだよ。それはでも稽古の延長線上にあるものだと思うんだよね。だから稽古も考えて精一杯やらなきゃいけない。
「ああ」って驚く声がいつもと違ってもそこで止まっちゃうんじゃなくて、いつもと違う「ああ」に乗っかっていくっていうのも有りなんだなーと思う。ちょっと違う表現にしてみる、ちょっと違う押し出し方をしてみる。ほんとはいけないのかもしれないけど。全体的には印象は変わって無いと思うんだよ。
赤熊は吐き出すっていうのを大事にした。その時々の体調がどんなであろうと、自分が持ってるものを吐き出さないと観てる人に分かると思うんだよ。手抜いてるなっていうのが見え見えだと思う。
疲れてても手抜いてなければ有り得る姿だから。そういうのは心掛てたかなあ。あの役は多分、手抜きが見えちゃうんじゃないかなー。

気持ちが入ってなくて形だけやってても客席にわかってしまうと?

きっとね。手を抜いてる日と抜いて無い日とがあったらもう一目瞭然だったと思う。
だから、あそこで(葛木とのやりとりで)しっかり作らないと次の怨霊ビラのシーンが活きないんだよね。情念は抑えたシーンなんだけどそこには想いがいっぱいあふれてるから。あとは観た人が評価してくだされば。

あのビラを一枚ずつ貼って行く時、何を考えてましたか?

何も考えて無いですよ。疲れたなーって思うけど、気を抜かないように。お孝に対して何か思って無くても、ああ、今日はうまく貼れないなーって思ってても良いんです。怨霊ビラ持って出て来た時の身体に緊張感が有るよね。その緊張感を身体から抜かなければいいんですよ。恨みとか思って無くても腹減ったなーとか思っててもいいんですよ。ただ、その時に身体が日常になってちゃいけない。
だって、(葛木の)台詞聞きながら、「あ、早く下手に行かなきゃ」とか思うわけじゃないですか。「あ、遅れちゃったな」とか「あれ、(ビラが)一枚足らないな」とか。

怨霊ビラは日によって枚数変わったんですか?

一日だけ一箇所に二枚置いた日があったんですけど。階段のとこに二枚置いちゃったらしいです。枚数は変わってません。置く所が決まってるんで。

手から取りにくそうな日と取りやすそうな日と有りましたね。

いや、ビラを貼りにくそうな日と貼りやすそうな日とはあった。

初演の時、気がつかなかったんです。熊が佇んで二人の会話聞いていたの。

初演はね、違う所に居たから。初演は二階に上がれたから、上じゃないかも知れないけどどっかに佇んでました。今回は立ってる位置が前だったからね。

あの二人の会話を聞いてる時もいろいろ考えてるんですか?

あぁ、今日の台詞はこうなんだなーとか。

ああいう場面で嫉妬って出るものなんですか?お孝と葛木に対して。自分が赤熊として聞いていたら。

嫉妬は無いでしょう。昨日と台詞の印象違うなーとか思ってましたけど。でも表情を変えない。
大事なのはただそこに佇んで(二人を)「視てる」そこに眺めている人間が居るって、そういう風に観せたいっていう意識でやってた。ぼーっとして立ってることが一番大事だと思ってました。眼に付いた人には見えるけど、見えない人には全然眼に入らない。それでいいんだよ、あそこで一番必要とされてたのは眺めるってことだと思ってましたからね。
赤熊が(袖に)下がって行く時に、別れる二人とは違う色の空気が流れてるなってそういう風に観せたいって思ってました。
好きな場面だったし。
前の場面が在って、佇む場面が在って、だから、赤熊の思いはすごいよくわかる。大好き。あれ(怨霊ビラを)一枚ずつそっと貼っていく場面も好きだし。

最後に一枚をいとおしげに撫ぜてましたね。

あれはね、劇場に入ってからやったの。こう、一枚にいとおしい思いを込めてね。
あそこは空気を大事に出来ないといけないって思ってました。きっと誰かが「ぱんっ」て空気を壊した瞬間に全部が壊れてしまうのですごく(空気が)大事だと思いました。目立たないことが目立つっていうことだったからね。
あそこはみんなが離れてばらばらに別れて行く場面で綺麗だと思うんだよね。
葛木が「お孝さん、お孝っ」て言う気持ちに乗れるかどうかが大事なんだよね。

あのーですね。・・(最後の場面で)たんこぶ出来ませんでしたか。すごい音でしたね。

二回ね。ごんってね。大丈夫でした。

二回だけなんですか?毎回ごんごんいってたわけではないんですか?

二回かな。同じとこぶつけたんだよなー。

はははははは。

でも、良いっしょ?リアルで。身体はささえてるんで痛かないんですけどね、別に。

赤熊が死んで可哀想って言う声が意外と少なくて、死ぬ場面よりその前のお孝さんとのやりとりに感想が集中してますね。

だって可哀想じゃあ無いもん。一番幸せだよ。大好きな人に殺されたんだから。きっと殺されたくて死にたくて仕方無かったんだよ。そこで大好きな人に殺されたんだから幸せですよ。
最後のシーンで思うのは、お孝と(赤熊は)似てるんだよね。同志なんだよ。ホントに共感しあってるのは赤熊なんだよ。
あぁ、お前はいい奴だったよねって。過去に(二人の)良い時間が有ったんだよ。分かり合えてるっていうか。でもやっぱり好きなのは葛木だから。
でも赤熊が嫌いじゃないから殺して貰えたんだろうし。ほんとにあの場面はセックスだからね。だから幸せなんだろうし。

殺す時、東京ではずーっと加納さん肩に左手を置いてたんですけど、大阪では首に手をまわしてたんですが、そういうことは、事前に打ち合わせとかするんですか?

ああ、そう言われればそうしたなあって思うけど、それは加納が変えたんじゃないですか?そんな細かいことは打ち合わせしません。千秋楽は抱き方が変わったなって思ったけど。
最後の加納の笑顔は良いですよ、ほーんとに。もうぞくぞくしてましたからね、毎日。こいつに殺されるんならいいやあって。大好きだったんだよね。

無邪気に笑って殺されたと。

そうそう。

でもその大好きなことを実感したのは追い出されてからですよね?

そうそう。だから前にも言ったように、居なくなってから初めて分かったんですよ。そういうもんでしょ?
居なくなって無くなって分かることが多い。それは無いものねだりだったりするんですよ。無くなって初めて分かる。赤熊だって女房子供捨ててこんなにお孝に走るとは思わなかったけど気がついたら走ってる自分がそこにいたと。もうお孝が好きでたまらない。

子供を助けたって場面初演と随分変りましたね。

何が?違うって言うのは?観客から観たらどう違ってたの?

「助けた」って台詞の時、初演では子供を見て無いじゃないですか。でも再演ではすごい子供に執着してましたよね。あら、こんなに子供が愛しかったのね。って。

そうそう。子供への思いは入れてみようかなと思ってそれはした。子供は好きなんだよ。だから「子供は幸せですだ」って言うし、子供は死なせたく無いはずだと。でも、子供よりお孝だから。

後半の熊の毛皮臭く無かったですか?

いいえ。

前のほうで観た時に、妙な異臭がしたんですが。

それは分からないけど熊の臭いだったかもしれない。俺はいつも着てるから鼻が慣れてるからねえ。でもみんなから臭いとか他の俳優さんから苦情は来なかったですね。まあ、それだけリアルってことで。

はははは。
『日本橋』再演出来て、ご自分の中では気持ち良く消化出来ましたか?

んー。消化っていう言葉が良いのか分からないけど。
まあ、ちゃんとは。ちゃんとって言うのは変だけどそれなりにやれたかなあって。支持していただけて(俺がやった)赤熊に共感してくれる人がいたってことは(役の)作り方としては間違って無かったのかなとは思います。

自分が赤熊の立場におかれたらどうですか?

分からないけど。気持ちはすごくよく分かるよ。人を好きになったらっていうのは。(赤熊は)可愛いじゃないですか。
「何で頼まれんなんで」って普通頼まんでも別れてくれんだろう。俺が頼まれたってそんなことは全然ありえないんだから。 

ほー。じゃ葛木の立場に置かれたら頼まれても別れないと。

分かんない。そんだけ好きならいいよって言っちゃうかもしれない。

言っちゃうんですか?

だって(赤熊ほど)葛木は(お孝を)好きじゃないんだもん。相手が(別れても)いいって言ったらいいよって。あ、(葛木と)同じか。じゃ、「先に聞いてくれ」だもんな。
分からないけど、勢いでやってるつもりはなかったですよ。

勢いとは?

がーっと気持ちの高ぶりだけで行っちゃうんじゃなくて、心情を汲んでやってました。だって、(台)本はそうなってるんだから。
原作でお孝が人形に「清葉さんさようなら」って言う場面で熊がお孝の赤い長襦袢を手に入れて持ってくとこが有るじゃない。最後の場面でその赤い長襦袢着て死ぬのがすごい綺麗なんだよ。
もう、お孝の襦袢を着て幸せでたまんないし、苦悩してたまんないんだけど、それで殺されてく自分がすごいグロテスクで美学があるよね、エロスが。その時の(赤熊の)気持ちがすごい好き。
ああ、この場面やりたいなー、綺麗だろなーって思ったんだけどね。

切ない話でしたねえ。

切ない人たちの話だからね。清葉だって切ないじゃ・・・

ロッテが勝ったってー。(と、お店の方の声。)

(眼を見開く水下氏)何対何―?

わかんなーい。

うわー。やっぱり準備段階に問題があるよねー。

準備段階ですか?

いやーバレンタインはすごいや。

バレンタインですか?

いや、ほんっと思うのは大人の社会っていうのはおかしいけど超一流の世界じゃない、プロ野球とかサッカーとかって。
そういう世界でも監督が変わるだけでこんなに変わるんだってのがすごいよね。人間て上に立つ人との相性とか大事だよねー。上に立つ人ってのはすーごい大事なんだよね、演劇界でもそうだけど。
能力を引き出すっていうのが上手い人が上にあるっていうのは大事だよね。

ファンの側から言うのはおこがましいですが、加納さんはそういう意味では役者の使い方が上手いなと。

適材適所で配役が出来てるからね。もちろん俳優もそこで伸びてこないと駄目だしね。だから俺はほんとに力をつけて貰った。ま、歳も取ったし。年齢が出せる技ってのは大きいからね。
例えば、他で(『日本橋』を)観た時になんで赤熊が花組芝居より面白くないのって思って貰えたら楽しいよね。
素敵だなって思ったのは、秋葉と潤のシーンがすごく良いって言って下さる方が多かった事。あの場面がすごく良いって言えるのは、ちゃんと芝居が出来上がってるからなんだよ。
清葉と甚八の関係が出来上がってるから心情が伝わって来るし、それが伝わるってことは(芝居が)出来てるってことだからね。
俺と葛木が丁々発止をしてるっていうのも、そう観えれば良いし、それがあるから後の場面が効いてくる。場面場面で赤熊っていう一つのサイドストーリーが見えてくればば良いと思うんだよね。
前にも言ったけど、テキストとして加納の台本は良く出来上がってるし。

加納さんが加筆したと思われる部分も鏡花だって言われたら違和感無かったですからね。

鏡花の台詞のまんまですよ。

葛木とお孝の別れの場面は現行の岩波版には記載がないですよね?

ああ、それはね。でも赤熊のとこは本のままだからね。

(後日、お孝と葛木の別れの部分は公式の掲示板での書込みにより「加納オリジナル」と判明。)

基本的には原作の言葉そのままで(加納は)作るからね。そうしないと世界観が変わってしまうので。翻訳して無いのね。だから難しいとか言われちゃうんだよね、鏡花の変なとこもそのままだから。でも、(鏡花の)変なとこを削ってしまうとつまらないしね。

赤熊みたいな役は気持ちとして入りやすいんですか?

うーん。でも、多くの方に良いよねって言って貰えたってことは、任(にん)ってことなんじゃないかな。やりやすいってのは無いですけど。俺がそこで一生懸命やれば良いことだからね。どんな役でも俺が出せれば良いわけだから。勿論ひとりよがりじゃだめだよ、観た人が気持ち良くないと。
僕らが気持ち良いこととお客さんが気持ち良いこととは全然違うじゃない。それは忘れちゃいけない。

役に入って気持ちを引きずっちゃうとかはないんですか?

役に入るなんて無いもん。ナイナイ。役を作る時、稽古中はそういうことがあるかもしれないけど、舞台は毎日完結するじゃない。死と再生を繰り返してるんだって、芝居は。
不思議なのは、二時間弱の芝居で何分かしか出てないのにお稽古の一日より疲れてる。お客さんの前に立つとね。

お稽古の時と、舞台に立つのでは疲れ具合が違う?

全然違いますよ。百倍。んー。もっと違う。

なぜ? 

お客さんに対して負けないように立ってるからなんだよ。
一試合をやるのと練習を一日やってるのとでは、試合の方が時間は短いけど集中度が違うから試合の方が疲れる。

お客にのまれないように?

拮抗して立ってるっていうエネルギーがそこには在るんじゃないかなー。ちゃんと立ちたいと思うとエネルギーを使ってるんだよ。すごく疲れるんですよ。30分も無いシーンなのになんでこんな疲れてるんだろうって。

ゲネでお客さんが居ない時と本番でも違いますか?

ぜーんぜん違う。人前に立つっていうのは疲れるんだよ。

公演中気持ち良く出来たなーっていう日はあったんですか?

いや、特に無いけど。身体が軽いなーって時は注意しないと。(台詞や気持ちが)走っちゃったりするから。

千世ちゃん切る時、日によって上手の端じゃなくて真ん中あたりで切っちゃったりってのは、勢いに乗っちゃったってことですか?。

いえ、それは俺が曲をちゃんと聴いてなかったから。

もし千秋楽間際に「好評だったから公演一週間延長しましょう」って話が出たら嬉しいですか?

嬉しいでしょう。まあ、ぶーぶーなんかは言うけど嬉しいと思いますよ。評価されてるんだもん。 

でも、千秋楽がここって思ってたのに、ケツが延びちゃうじゃないですか。

千秋楽に向かって走ってるわけではないから。毎回「作品」をやってるだけですから。そりゃ疲れてくるから、ああこの回が終わったら終わりだって思いはありますよ。でも楽日に向かって完成を目指してるわけじゃないから。好評につき伸びますって言われたらそれは嬉しいでしょう。やな芝居だったらいやだなーって思うけど。

自分の中ではやり尽くしたと思いますか?

表現ってことにやり尽くしたってのは無いんですよ。とりあえず全力を掛けてやりましたよってことは言えるけど。今回はこれが俺の全力の赤熊でしたって言える。

再演の時に、自分に同じ役が来たのは嬉しかったですか?

赤熊は好きだったからね。違う役やれって言われたらそれはそれでいいんです。もっかい出来るってのは楽しい。前の方が良かったですねって言われちゃうと嫌ですけど。
同じ役をやらせて貰えると検証出来て良いよね。

さて。ひとりかいの準備は進んでますか?

毎回良いものにしたいと思ってるんです。今回は時間あるしね。楽しみにしててください。

本日はありがとうございました。

ありがとうございました。

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