大阪でもひとり会がみたいようっ。



     これが全てのはじまりだった。

     東京で、久々の水下きよしひとり会がきまって。
     ぼくらは、おもった。
     大阪でもやってくれたらいーのに。
     そんなつぶやきから、この委員会は始まった。



 ぼくの初体験。

   下北沢ぜねれーしょん。

はじーめて、行ったひとり会は下北沢の雑居ビルの2Fでした。
”喜満千家”で。貸しきりで。
なんだか、いいなああ。なひとり会でした。

1Fがぱばろってい。2Fが温温屋(ぬくぬくや)の入ったビルのお向かのビルの二階に
”喜満千家”がありました。南アジア系の飲み屋(店主談)でしたが。
タイ風チャーハンや、ゴイクンの美味しさは飲めないわたしには、とってもおいしい、ご飯やさんでした。
(飲みやだったのー。店主談)

30人も入ればいっぱいの小さめのお店で。
ひとり会の案内のはがきは”喜満千家”の店主による、レタリング(?)。
随分昔のことのようですけども 98年のことですから。ほんの三年前。

宮沢賢治、阿刀田高。の短編を快演。(怪演)
読み人ひとり。照明効果は水下さん自身。音響はテープとその楽団のみなさん。
かなり、こじんまりとした。規模でのはじまりでした。

大阪や。他のところで。こんなんしたら。気持ちがほぐれてよろしな。
が、立ち上げの原動力なんです。


   しばらくして、のち。

2001年4月23日。
勃露-梵 企画。 ONDOKU。

さて。ここまで読んで。あれ?っておもいました?
南青山の曼荼羅で、開かれたライブ、のひとり会と、

ぜーんぜん。いめーじが違うと、おもいませんか。
どっちがいいか、は、個人の好みでしかないですが。
おなじ、「ひとりかい」でも、まったくの別物だとかんがえています。

いま。実行委員会代表すがい。がひっぱていこうとしている、ひとり会の
イメージは、下北沢にむかっています。
企画力も、財政事情も違うし。
一番、イメージしやすいのが初期、ひとり会。でしたから。

いつかは、勃露-梵 企画にまさるともおとらんよーな。
こともしてみたいですが。
まねっこしても、二番煎じですからね


   それでね。

いろいろ、お店を大阪在住の方や。大阪に行く用事があるひとに。
探してくださいって呼びかけからはじめてみました。
お店探しも大事なんだけど。
署名運動みたいなかんじだと、おもってくれるほうがはやいです。
今の段階では。

あくまでも。今の段階では。です。

実際に、お店の名前を挙げてもらい始めているし。
みに行ってもらおうっておもってますけども。
将来のことを考えていくと、ライブハウスを念頭において探す。とゆう方法もありますよね。

大阪でさがすなら、こんなかんじで。ってゆうのは、別ページにもかかせてもらってますが。
ひとり会。は絶対こうでなくっちゃいけない。ってゆうのは、ないんです。
だくさん。お店を探して。
どんなひとり会に育てていくかは、BBSを利用して話し合っていきたいとおもっています。

ひとがあつまらんことにゃー。大きな岩は動かせない。

ここまでよんでくださって。なおかつ。

わかった。とにかく、大阪でのひとり会の開催に賛同しよう。

っておもってくださったかたは。おそれいりますが。BBSに足跡を、ぺたっと
残してみてください。
お知らせのメールをおおくりしますから。

メールアドレスがないよう。

ってゆう方もまだまだおおくいらっしゃるし、めーるで案内もらうのやだなー。
って方もいらっしゃるとおもいます。
でも、ごめんなさい。なにか解決策を講じられればいいのですが。
いまのところ、Webサイトでの。活動が精一杯なんです。
万難を排して、たどりついてやってください。
(ご、ごめんなさい。)

あ。それと、ついでになってなんですけども。

初期ひとり会を開催させてくれたお店。”喜満千家”は。
そのご、初台にうつり、諸事情により、閉店。
常連のお客さんがWebサイトを立ち上げていますので。
ばーちゃるきませんか。はたのしめます。

興味のある方は、1度のぞいてみてください。


HOMEに戻る