ひまひまに、殴り書き牡丹燈籠。






その4.

手塚治虫と牡丹燈籠。



へー。。。
またもや、ネット散歩の途中ででっくわしたお話。 オリジナリティーは無いのか。無い。きっぱり。

で。手塚治虫のはなし。

火の鳥の「復活編」に出てくる話。
事故で脳を損傷した青年が科学技術で一命を取り留めるのだが、それ以後、 人間が化け物にしか見えなくなる。
ただ一人、女性型ロボットが美しい人間に見える、という「症状」に悩まされることになる。 彼は、その後何度も、脳の調整手術を行うのだが、どーやっても何度やっても人間が化けもの、ロボットが人間にみえる という症状は改善されない。
あげく、青年はロボットに恋をする。
青年にとっては美しい女性にしか見えないのである。
ロボットも。いつの間にか青年のことが忘れられなくなる。。。。電子頭脳が故障したのか?
結局。青年とロボットは心中する。 ロボットの腕に抱かれて男は息絶えていた。

という話なのだが。
(余談になるが、この話の心をもったロボットが後に「ロビタ」というずんぐりむっくりなドラム缶みたいなロボットになって復活する。結構ロビタ、すきだったんだよなー。。) (手塚作品て人間より、人間じゃない存在のほうが、なんか、、、、気持ちが持ってかれるのねー。。いいんだけど。。いわく言いがたい)

最後の場面。 女性型ロボットに抱かれた男の姿。

このシーン。 牡丹燈籠のお露新三郎の姿にそっくりなんだそうです。
手塚治虫が牡丹燈籠を下敷きにしたかどうか、それは定かではないけれども。
異形の恋って、言われてみれば、確かに、異形の恋ですね、お露新三郎も、火の鳥の話も。 洋の東西を問わず、異形の恋がはっぴいえんどで終わる話ってあまりないよなあ。
日本だって、ちょっと地域が違えば習慣が違うから、一緒に暮らしたら即離婚なんてよくある話。 同形だって大変なんだから。異形となれば尚更なんでしょうね。

お露と新三郎は異形どころの話じゃないんだけども。

萩原の周りに現れる人間は、人間らしいといえば人間らしいけど。。人間くさ過ぎ。
そもそも、萩原とお露を会わせた山本某は、お露の家からにらまれるのが怖くて、萩原の前に姿を現さない。 自分が令嬢と萩原を引き合わせたなんて知れたら自分の商売に響くからだ。 萩原は、お露に会いたくて、山本某と連絡を取ろうと苦労するのにぃ。

そうゆう周りの人間の思惑に振り回されて、お露も新三郎も想う人のもとへ中々たどり着けない。

今どき。。
携帯だメールだネットだチャットだ。で連絡手段に苦労することは、多分あまり、無い。
おばけずかんで、お露が死んでしまった原因に、通信手段の不便な社会という壁をのりこえることができなかったお嬢さんってあったけれども。 どうかなあ。
お露さんが生きてたころは通信手段が限られていて、お嬢さん育ちのお露さんは、どうしたらいいか立ち往生で、 めそめそ焦がれ死にしてしまうけど。
現代社会は、そりゃあ。通信手段はいくらもあるし、友達の友達の友達の友達。。。。を手繰っていけば、 もしかしたら、好きな彼のアドレスを手にいれることが出来るかもしれない。
でもアドレス手にいれていきなりメールしちゃうものなんだろか。
教えた覚えの無い人から、メール着たら、怪しい、、と思うのが普通でしょ。今どき。

人と。
それも大好きな人とつながるのは今も昔もあんまり思うほど、簡単じゃないという気がする。 そう、思うのはわたくしだけでしょか。そうでしょか。


昔のコマーシャルで。
なんのコマーシャルかさっぱり記憶がないんですけどね。
「通勤恋愛してますか?」ってナレーションがあったと思う。
毎朝毎朝、混んでる電車に乗ってるけど、 いつも同じ時間、同じ車両でお向かいのホームに入ってくる電車の窓に 素敵な男の人がいる。
今朝も彼をみて出勤する。っていうOLさんの一瞬のドラマ?なんだけど。 あれ、なんのコマーシャルだったんだろ。
向かいのホームの電車に乗ってるだけの見知らぬ誰かに淡い気持ち。

きっとこのコマーシャルの彼と彼女はすれ違ってそれだけなんだろうけど。 でも、そうゆう気持ちって、大事なことのような気がする。
うん。

牡丹燈籠は一応。。?敵討物語なのだ。
でも敵討をする青年を弾き飛ばしてぶっちぎりで、世間に記憶されてるのはお露新三郎。
なんだか。わかるよなきがしないでもなくもない。かも。知れない。
誰もが言いたくても言い出せなかった気持ちが、ここに小さくちいさく折りたたまれて、すてられなくて、 こっそりいつもは忘れてるけど。
空をみあげちゃったりした拍子にぷいっと記憶に淡く甘酸っぱく思い出される気持ちに、戸惑いと、感傷を 覚えるんだろなあ。
なーんてね。

敵討ちの話を読んでいてふとおもったのが、

チリンの鈴。になんか似てないか?ということ。

映画そのものをみていないのと、えらく古い話なので、記憶が定かでないのだが。 たしか、サンリオ映画だったとおもう。
こんなお話。
平和な牧場ですくすくと育ったチリンというかわいい羊。 あるひ、牧場の羊を狙った狼に、チリンの母は食い殺されてしまう。
母の仇を討つことを心に誓ったチリンは、強くなる修行の旅にでて一頭の狼に弟子入りする。 成長して、狼のように強くなったチリンは、母の仇である狼に復讐する。 それは、自分を強く育ててくれた狼だった。
やっと復讐を果たすことができたが、いまやチリンは羊の面影がなく、ただ、恐ろしい大きな獣であった。 かつての牧場の仲間たちに怯えられ、チリンはさびしくいずこかえ去っていった。

というのが、覚えている粗筋。
うーん、、ちょっと違うかな。(ネットで調べてみた。大筋はあっていた。あまり、細かいことにつっこまないよーに。)
で。
主人公の子羊チリンが、弟子入りするのは実は敵と狙う狼なのだ。
母を殺した狼と知っていて、わざと、この狼に弟子入りする。とういのが筋なのね。
狼は別に羊なんて山ほど食べちゃってるから、どの羊がどの羊の親か、なんて知ったこちゃ無いので、チリンの真意には 気がつかない。
牡丹燈籠はこの関係が逆転していて。 敵とは知らずに、敵の家に奉公にあがった若者がいる。
家の主人はひょんなことから、若者が探している親の敵が自分だとわかるが、若者の孝心に感じ入り、時期がきたら 自分が探し尋ねる敵だと名乗ってやり、討たれようと覚悟する。
その上で、若者に剣術指南をしてやる。

牡丹燈籠のほうが先だから、映画製作した人間は牡丹燈籠のこの部分の話をしっていて、わざと逆転させたのかな。 と、ちょっとおもった。
まあ。。。勝手な妄想なんだけども。
チリンの鈴の、主人公チリンの最後はかわいそうというか、孤独というか。。 敵討ちなんて、人を呪わば穴二つ、を地で行くような寂しい最後なのである。


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