ひまひまに、殴り書き牡丹燈籠。






その3.
お釈迦様でも草津の湯でも。
治せない恋患い。
うーん。ロマンチック。などと、うっとりしていてはいけない。
れっきとした病気で、しかも不治に限りなく近く。。 治療法はなく、根絶も難しく、一度わずらうと手の施しようがまったくない、 という、とんでもない病気である。
我らが牡丹燈籠のお露さんもこれで、いけなくなったくち。である。

くすん。恋しいのに。くすんくすん。

うつうつと、煩っているうちに、食も細り、気持ちも沈み、はかなく身罷る。。。 のである。 恐ろしい病だ。うーん。

これが落語になると、いささか赴きが変わるのはなぜであろうな?
しかも煩うのは若い娘ではなく、どっちかというと、ごついアンちゃんだったりする。 まあ、若旦那が煩ってエライ騒ぎになる場合もあるのであるが。。。

落語で言うと、「崇徳院」や「紺屋高尾」あたりが有名でございます。
(紺屋高尾は、バリエーションが沢山あって、元は講談ネタだったものを円生が落語に移したらしいです。 お題にいろいろあるのは、流派によるようです。どんな噺かは、高座とか、CDとかで聞いてみてください。 紺屋高尾は幾代餅、高尾などの題でも演じられています。)

崇徳院では、寺参りですれ違ったどこぞのお嬢さんにのぼせた若旦那が、寝込んでしまった。 という発端です。
紺屋高尾は、お店の若いもんが、吉原の太夫の絵姿をみてほれ込んで寝込むと。。。 また純情なというか。。生身じゃないのかいな。という気もするが。
(絵姿のモデルは実際に生きた人間なんだけどね。)

上方落語の桂雀三郎師の「緑結び」という落語は一聴の価値ありだと思うんだけど。 もうね。題からしてやられる。
(なんで題からしてやられるのかは悩んで考えてください。)
ことほどさように、とにかく、恋に落ちた男は寝込んでしまう。んだけど。も。
男たちは、なんだかんだ周りにわーわー言われて、助けられて、思いをかなえちゃうの。 ちょっとー。。ずるーぃ。とか。。。言ってはいけない。

なぜかこれが女になると、きなきなと寝込んで挙句にはかなく露と消え去るのだな。ああもったいない。花の命よ。
他にもにたような話があるかしらん?
と思ってさがしてみたらありました。
若い娘が恋わずらいではかなくなる。怪談話になる、という条件で探していったらあった。
明暦の大火。いわゆる振袖火事というやつね。。。。て。これって八百屋お七の話じゃん。違うじゃん。 って。。思ったんですが。。。。。あれ?

振袖火事と、お七の火事はまったく別物でした。
えーと。
いわゆる、振袖火事と呼ばれる事件は
明暦3年(1657年) - 明暦の大火(振袖火事)におきています。

次に八百屋お七の事件は
天和2年(1682年) - 天和の大火(お七火事)におきています。
時間にしてほぼ四半世紀はずれがある。


八百屋お七の火事から考えてみる。(なんか牡丹燈籠が。。。遠くなってきた。)
寺の小姓に一目ぼれしたお七が、小姓逢いたさに付け火をして大火事になった。 というのがあらすじ。(筋も何も、、、、。)

さて、一方の振袖火事。
この事件、お七とはまったく関係ないのだ。ただ、若い娘と大火事っていうことだけが接点でした。 ただ、この振袖火事には怪談めいた話がついて回っているのだ。(おお、戻ってきたぞ。)

この火事の主人公の娘の名は諸説あり、一定しないのだが、 あるひ、寺の小姓とすれ違い、一目ぼれするが、どこのお寺の小姓だか皆目見当がつかない。
娘は小姓の着ていた小袖にそっくりな振袖をあつらえ、それを着て、小姓へのかなわぬ想いに きなきなと泣きくれていた。何せ相手はどこの誰ともわからないから。
あげく、恋患いに患い死んでしまったのが16の歳。
親は娘を哀れんで、棺に振袖をかけて、葬儀にだしてやったのだが。 寺の男たちが、埋める前に振袖だけ、取り上げ、うっぱらってしまった。
と、その振袖がどこぞの大店の娘の手元にわたり、、、娘は哀れ16の歳に亡くなってしまった。 そこで、やはり、棺に気に入りの振袖をかけて葬儀にだしてやった。
寺の男たちは売り払った振袖がまたも棺にかかっていたことに驚いたが、売り払ったものだし、 そうゆう事もあるだろう、、と、またも、売り払ってしまった。
当然、三人目の娘もこの振袖を着て、16で亡くなり。。。。
さすがに三度目に自分たちの寺に運ばれてきた振袖をみた男たちも肝をつぶし、寺の和尚に 供養をしてもらうことにした。
振袖は供養のために、火の中に放り込まれたとたん強いつむじ風にのって、燃えながら江戸市中を 飛び回ったという話。

この時の火事でなくなった人を回向するために建立されたのが、回向院。なのだそうだ。
振袖が風にのって飛び回ったというのは、この火事の出火元が三箇所、本郷・小石川・麹町であったから とおもわれる。

恋患いして、死んじゃったのはかわいそうなんだけど、後々、罪もないのに、振袖着たからって 取り殺されちゃった娘たちは哀れなんだよなー。。。
(火事に巻き込まれた人はもっと悲惨だし。)
この話を小泉八雲が「振袖」という題で怪談にしたてているらしいです。 小泉八雲も牡丹燈籠書いてたっけね。っておお、、牡丹燈籠にもどってきたぞ。
こうみると、やっぱり、お露さんは、ぽやーんとしているというか。。
大好きなんだけどなーってだけで死ぬわけだが。 死んでもきっと、大好きなんだけどなーぽやーんと、想っているだけの娘さんだったのかもしれない。

純粋な乙女の死っていうと、雪之丞変化の浪路様。も、雪之丞に恋患いのあげく、身分も親も何もかもうっちゃって、 いとしいこいしい、あの人の元へ。っていうぱたーん。
うーん。
浪路様は、恋患いで死ぬわけじゃないけど、恋に振り回されてはかなくなっちゃうのね。
長谷川一夫映画300本記念作品が雪之丞変化でした。
浪路さまは、若尾文子。きれいなんだこれが。。。。ぽうあーんとしてて。 好きなんです。一途。な浪路様でした。
(恋のためなら、身分も親も、な「本朝廿十四考」八重垣姫は、無事祝言挙げるなあ。。)
この記念映画に若くて売り出し中の市川雷蔵が「昼太郎」っていう盗賊のちょい役で出てくるんだけど。 かわいいんだこれがっ。眠狂四郎の雷様?っておもうくらいあっけらかーんと。。。している。 (知りませんでしたが、結構雷さまは笑える映画こしらえてらっさるんですね。) 門倉平馬が勝新太郎。。。。。うーん。
なんの話だっけ?

恋患いで死んじゃうなんてくよくよした話は、よーろつぱには無いのかと思っていたら。
あった。
円卓の騎士アーサー王伝説にでてくる話だそうです。
えーと。
円卓の騎士ランスロットに恋をした乙女シャーロットは愛を告白するも受け入れられず、 嘆き悲しみ、あげく命をおとす。
死に際して、「自分のなきがらは小船に納め、川へ流してください、あの方の元へと流れ着くように」 と遺言する。
娘を溺愛しているパパは、遺言をかなえてやる。。。。。
うーん。。。
この話はテニスンの詩の一説として有名なのだそうで。(すいません、読んだことないです。) 赤毛のアンがこの詩に触発され、小船に乗り込み、溺れかけるエピソードがあるらしい。
助けにくるのはもちろんギルバート・ブライス。
牡丹燈籠から赤毛のアンまで。 なんか、微妙にはばひろくなってるなー。。

どこが牡丹燈籠。。。き、きにしない、きにしない。

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